番外 K山!お前間違ってるぞ!

 俺が中学二年か三年の頃だ。同窓生のS子が横須賀市か神奈川県の読書感想文で何か受賞をした。それを担任が学級会で報告した。

 それはとても喜ばしい事なのだけど、素直に喜べない事情ができた。確かS子から相談を受けたか、意気消沈してる彼女に「どうした?」って問いかけた所からはじまった気がする。

「実はK山先生がほとんど全てをリライトして、あれ(受賞した作文)は私の作品とは言えないの」と。

 なんて事だ。S子とは単なる級友で親しくなかったけど、自分のことのように怒った。理屈ではない、感情が暴風のように吹き荒れていた。

 素朴に反抗期だったからというのもあったろう、教師に対して抑圧された怒りを持っていたというのもあったろう。それがその一件で吹き出してしまったのだ。

「受賞した作文は自分の作品ではないから、受賞を取り消してもらうとK山先生に言おうと思って……」

 と、職員室へ向かおうとしたのを、俺を含むクラスメイトで応援し、一緒に抗議しに職員室へ向かったのであった。

 結果どうなったかは思い出せない。だが、S子は泣いていた。プライドが許さなかったのだろうと思った。自身の書いた物に対して不出来かも知れないが不出来なままで、中学生の能力のままで評価される事を望んでいる、そんな印象を受けたし、その感情に同情したのであった。

 K山教師。国語教師で担当クラスは持っていない。当時五十才を越えていたと思った。中学生にとっての五十才は結構な年齢だ。古典に強く女子生徒にデレデレしていると気持ち悪いと避けられていた。服装は特に可もなく不可もなく、理科のY江教師に比べたらまだマシだったのを覚えている。

 俺もK山に嫌な思い出がある。修学旅行の感想文を当時読んでいたジュブナイル小説に似通わせて、謎の組織から依頼を受けた運び屋という設定で京都奈良を荷物を運ぶ……それが何かは聞かされていないという状況で……書いた小説もどきにしたのだ。

 それをK山は面白がって校内放送で俺に朗読させたのであった。中二病をこじらせた俺に朗読は地獄すぎた。悲しい位に反響もなかったし。なんでこんなさらし者にしたんだK山ぁ!と俺も怒っていた。

 卒業式で一発でも殴っておけばよかった。それくらい苦痛を覚えている。

 さて中学卒業が昭和六十二年だから令和四年の今から三十五年前か。

 昭和六十二年というと『サラダ記念日』俵万智が大ヒットし、近藤真彦「愚か者」(萩原健一のカバー)や光GENJI「ガラスの十代」(ローラースケートで歌って踊るのが特徴)が流行っていた年だ。

 三十五年も経てば人間も丸くなるだろう。そういう話ではなく。今K山が俺のエッセイや雑文をリライトしたらそりゃ激怒どころじゃないだろう。血を見る事だってあるかも知れない。K山教師はもう既に鬼籍に入ったかも知れないが。

 さて一方で、北見先生に指導してもらう分には躊躇なくリライトだろうが没だろうがなんでもする。その違いはなんだろうかと考えてみよう。

 職業作家や編集者にその出来不出来を評価してもらうのは、好みは別にしてその目や職業に対して尊敬をしているから素直に受け入れる事ができる。それはS子だとしても同じだろうと思えるのだ。特にS子は漫画同人誌を描いていた位だったし。書く(描く)事にリスペクトするだろうなと思うのだ。

 他方、国語教師であったK山にリライトされるのは屈辱だ。教員という職業への尊敬はあるものの、だからといって他者の作品へ……それが読書感想文だとしても……同意を得ずリライトして賞をとっても意味がない。

 百歩ゆずって「リライトした」と同意を得るのがまず道理という物だろう。お前は作家のつもりかクソ教師が。というのが本音である。

 教員という立場上、受賞しやすい読書感想文を模倣や捏造しやすいというのは大人になったから理解はできる。だからといって子どもにも自尊心はあるのを忘れてはいけない。それをないがしろにして良いという道理もない。

 思い出すとS子じゃないが悔しいという気持ちになる。それと「K山!間違ってるぞ!」と呼び捨てにする程度に憤りを感じてしまうのだ。

 この話を思い出したのは、草径庵で庵主と会話していて、ふと「そうやって素直に他人の意見を受け入れる素地ってなんだろうね」といった指摘を受けてからの「いやそうでもないんですよ、中学の時は反抗ばかりしていて……」と、この話の冒頭に続いて行くのであった。

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