第7話 贈り物

 この世界にやってきてからひと月程経った頃。


 「ロイドさん! 薪、ここに置いておきますね!」

 「ありがとうございます。そろそろ休憩してはどうですか?」

 「いや、まだまだ働けますよ!」

 「あまり無理はしないでくださいね」


 ロイドさんの言葉にサムズアップで答えた俺は、意外にも労働の喜びを覚え始めていた。

 別にもともと働くのが嫌で引きこもりになったわけじゃない。働かなきゃ生きていけないとなればそりゃあ働くさ。筋トレ以外で流す汗というのも存外悪くない。

 もちろん、筋トレの方でも汗は流している。自重トレーニングがメインだからあまり大きな負荷とは言えないが。


 さて、次は食材の買い出しだったか。騒がしくなる夜までに急ぐとしよう。 

 お店の財布をロイドさんから預かり、市場へと出向こうとした。


 「お兄ちゃん!」


 そんな俺の前に、可愛らしい少女の姿が現れる。

 【ひと時の安らぎ】の看板娘(予定)、キーラちゃんだ。

 この子の姿を見ていると、自然と俺も元気にさせられてしまう。


 「キーラちゃん。どうしたの?」

 「あのね! あのね! ……コレ!」


 言って、キーラちゃんは布にくるまれた少し形の悪い丸型の何かを渡してくる。


 「開けていい?」


 ぶんぶんと首を縦に振るキーラちゃん。

 お言葉に甘えて布を開けると、そこには多少形の崩れた握り飯が三つ入っていた。


 「……これは?」

 「あのね。お兄ちゃんが頑張ってお腹空いてるってお父さんが言ってたの。だからね、キーラがお兄ちゃんにお弁当作ってあげたんだ!」


 キラキラとまぶしい笑顔に、俺を慮る行動と言葉。

 しみじみとそれらを噛み締めていると――


 「……っ」

 「お兄ちゃん?」 


 いかん。

 涙が出そうだ。

 

 この世界にやってきて、色んな人たちに助けられてきた。

 ロイドさん、リリレナさん、ロッドさん、あと一応ゴラルのおっさん。他にも市場のおばさんや貯木場のじいさん。

 色んな人たちに助けられて、俺は今ここにいる。

 

 「お兄ちゃん、大丈夫?」


 心配そうな顔をするキーラちゃん。

 俺は流しかけた涙をどうにかひっこめ、笑顔で言った。


 「大丈夫! キーラちゃんのおかげで元気百倍さ!」

 

 ☆


 「はい毎度。今日はいいことでもあったのかい?」

 

 荷物入れのカバンに食材を詰めている俺に、市場のおばさんが声をかけてきた。


 「そう見える?」

 「ああ。いつもに比べて労働に対する意欲が段違いさね」

 「それだと俺がいつも嫌々働いているように聞こえるんだけど?」

 「あれ、違ったのかい?」


 ケタケタとおばさんが笑い出す。


 「勘弁してくれよ」

 「あっはっは。こりゃ失礼したね。おまけにほれ、これ持ってきな」

 「っと。商品なげるなって、危ないだろ」


 おばちゃんからのトスを見事に受け取った俺は、そのままカバンにおまけとやらを詰め込む。

 

 「あんまり根を詰め過ぎないようにね」

 「わかってるよ。おまけ、ありがとう」


 おばちゃんにお礼を言い、俺はその場を後にした。


 その後も買い出しは続き、ロイドさんに言い伝えられたものはひとしきり買い終え、宿屋に戻ろうとしたところ、一軒の出店が俺の目に留まった。


 看板には――何と書いてあるかは読めない。

 言葉は自動的に翻訳されているようだが、なぜか文字になるとその効果がなくなるようで、俺は未だに読み書きをすることはできない。そのうち誰かに教えてもらいたいとは思っているが、「わたしが教えてあげる!」とキーラちゃんが諸手を挙げた時はどうしようかと対応に四苦八苦したな。


 「お兄さん、何かお探しかい?」

 

 店の前でぼったつ俺を不信に思ったのか、店主らしき妙齢の男が話しかけてきた。


 「ああいや、失礼。ここは雑貨屋ですか?」

 「ああ。よければ見てってくれ。多少値段は張るが、その分品質は保証するよ」


 言われるがまま、俺は店主の言葉通り、店にある品物をざっと見渡してみた。


 ……ふむ。

 たしかに思ったより値段は高い。


 手近にあった髪飾り、俗に言うヘアピンを手に取ってみてみると、俺が一日働いてようやく手に入れられるような値段がそれにはつけられていた。

 少々飾り気には欠けるが、シンプルなピンク色が鮮やかに主張している。

 

 「この素材には何が使われているんですか?」

 「そりゃアルミっていう金属だ。職人の間じゃ軽銀なんて名前でも呼ばれてたかな。なんでも加工のし易さの割りに耐食性が高いだとかで、最近注目されている金属だそうだ」


 アルミニウムか。自然に出てくるものじゃなくて何かの鉱石を溶かして生産するんだっけかな……高一夏までの理科の知識じゃいまいち役に立たない。

 

 しかし、こんな現代的な形のものが売られているとは。

 案外、こっちの世界の技術も捨てたもんじゃないのかもしれないな。


 「で、お兄さん。買うのかい? 買わないのかい?」

 

 態度がはっきりとしない俺を客じゃないと決めつけたのか、店主の態度が冷やかしを相手にするソレに変わる。

 

 給料は日払いでロイドさんから払われているのでこのヘアピンを買うことに支障はない。

 俺は少しの間逡巡し。


 「じゃあこの髪飾りを貰おうかな」


 今朝のおむすびのお礼にと、キーラちゃんへのお土産を購入した。


 キーラちゃん、喜んでくれるかな。


 

 「ただいま戻りました」

 「おかえりなさいケンジくん。買ってきた食材はそのあたりに置いておいてもらえますか?」

 「了解しました」

 

 えーっと、卵はここで、肉はここ。魚は――ここだな。


 「おかえりなさい! お兄ちゃん!」

 「ぉーっとっと。ただいま、キーラちゃん」


 俺は不意に胸に飛び込んできたキーラちゃんを丁寧にキャッチ&リリースし、地面に優しく立たせてあげる。

 

 「はいコレ。キーラちゃんにお土産だよ」

 

 そのままの勢いで、買い出しの時に買ってきたヘアピンをキーラちゃんに手渡す。


 「わ! わ! なにこれ!?」

 「それはヘアピンって言ってね、髪の毛をまとめるのに使うものだよ」

 「つけていい!?」

 「もちろん。でも鏡が無いとつけづらいからお兄ちゃんがつけてあげるね」

 「うん!」

 「……はい、できた」


 キーラちゃんのパッツンヘアをヘアピンを使って右側に軽く流す。

 いつものキーラちゃんも可愛いが、これはこれでオシャレに目覚めた小さな女の子といった感じで見る者の胸をキュンキュンとさせる。


 「どう! 似合う?」

 「とっても似合うよ。ほら、お父さんにも見せてきてあげな」

 

 キーラちゃんはとてとてとした足取りで、夜の仕込みをするロイドさんの元へと駆け寄る。


 「ねーね、お父さん似合う?」


 見せつけるようにキーラちゃんはその可愛らしい顔をロイドさんへと突き上げる。

 

 「とっても似合っているよ。ケンジくんに買ってもらったのかい?」

 「うん! 可愛いでしょ?」

 「ああ。とっても可愛いね。お礼はもう言ったかい?」


 あ! という顔を見せるキーラちゃん。

 今度はこちらにとてとてとやってくる。


 「お兄ちゃん。ありがとうございます!」

 「どういたしまして」

 

 お礼に来たキーラちゃんの頭をくしゃくしゃと撫でてあげると、その顔が幸せに歪んでいく。


 「お兄ちゃん!」

 「ん?」

 「キーラね」

 「うん」

 「お兄ちゃんのお嫁さんになってあげる!」

 「うんうん。そうかそう――え」

 「この前まではお父さんのお嫁さんになるつもりだったけど、今日からはお兄ちゃんがキーラのお婿さんだよ!」

 「えーっと、キーラちゃん?」

 

 ……。

 背中の方からいやーな威圧感を感じるのは気のせいだろうか。


 「あ、あはは。まいっちゃいますね。子供っていうのは本当移り気ですからね!」

 「……ええ。本当にそうですね」

 「あ、あはははは」

 「ふっふっふ……」


 ロイドさん? 目が笑ってないですよ? 

 子供の言うことですからね? 冗談みたいなもんですよ。ね、キーラちゃん?

 

 「お兄ちゃん大好き!」

 「キーラちゃん!?」


 ひしっと抱き着くキーラちゃんの力は意外にも強く、剥がすに剥がせなかった。


 その後の仕事がいつもの三倍はきつかったことは言うまでもないだろう。

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引きこもりの筋トレオタク、異世界にて奔走す ~ケタ違いの魔力を持つくせにまったく魔法の才能が無い俺は、筋トレと身体強化で過酷な異世界を生き抜いて、絶対現世に戻ってやる~ ひらなり @hiranari1228

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