第5話
あおいちゃんが来て二日目。
我が家ではいつもどおり、朝食の時間だった。
テレビでは海水浴場のCMなんかがやっている。
そのCMを見ながら思い出してしまう。
自分は泳ぎが苦手なことを。
CMを見ながら少し憂鬱になる。
この時期はいつもそうだったりする。
だって、自分は泳げないのに、周りのみんなは夏と言えば海水浴。
海水浴といったら夏みたいなことを言う。
そういうのが違う俺はどうすれば良いのかと思ったりする。
べつに、カナヅチではない。
プールでなら何もなく泳げたりする。
でも、海の沖に出た瞬間、少し事情が違ってくる。
沖に出ると周りには何もなくなる。
プールなら、壁があるし、そんなに危ないほど深い位置にプールの底はない。
しかし海は違う。
数メ-トル下に広がる果てのない海底。
そして周りには何もない。
疲れたからと言って手をかける壁もない。
大きな海原で自分ひとりが取り残されたような感覚に陥る。
そして幼き日の記憶が蘇ってくる。
よくわからないモヤモヤが心の中を満たしたあと。
気を失って岸まで流された記憶。
自分が自分でなくなって、気がつけば海に飲まれていたと言う。
あの経験。
そんなことをこのCMを見るたびに思い出してしまう。
そして、また、溺れるかもしれない季節がやってきたと思うと。
ものすごく不安な心境になっていた。
【みや】
「そういえば、この季節は恵にとってはつらいわよねぇ?」
みやに不意に話しかけられる。
【恵】
「何が言いたいんだよ?」
何か皮肉を言われているようで、少し嫌な気分になって突き放したような言い方をしてしまう。
【みや】
「いやべつに、せっかくあおいちゃんもいるんだし、三人で海にでもいければなって思っただけで」
みやがそうやってフォローしても俺の気持ちは晴れない。
頭では理解していた。
今年は去年までとは違い、あおいちゃんがいる。
みやが言いたいのは、俺が泳げないことに対して文句を言ってるんじゃなくて、あまり世間のことを知らないあおいちゃんに海水浴を経験させたいと言う意図だと分かった。
それでも
【恵】
「二人で行ってきなよ、俺はやっぱり、海が怖いからさ」
そういって逃げてしまう。
逃げていると言う自覚はある。
でも、どうも海にもう一度入ろうと言う気になれなかったりする。
どうしてだろう。
海に足をつけた瞬間、自分に何かが迫っているのではないかと言う恐怖感。
シャークアタックに遭うかもしれない。
そんな感覚に襲われる。
今まで一度もサメに襲われたことないのに。
そんな恐怖が心の中を満たしている。
ちなみに、家の前の海ではごくまれにサメが出る。
5年に1人くらい、餌食になっている。
それでも、近くの海水浴場は、遠浅な海のつくりになっているため、海水浴場の中でシャークアタックを受けた人はいない。
今はサメ用のフェンスだって敷設されているし、監視員も細心の注意を払って監視している。
だからここ近年サメに襲われた人のほとんどは、沖に出て漁をしていた漁師と、フェンスを越えて沖に行って波待ちをしていたサーファーだけ。
だから、あおいちゃんと海水浴場に行っても、そんな心配はない。
分かりきっているはずだった。
それでも、ぬぐいきれない恐怖。
気を失って流された小さなころ、サメの餌食にならなかっただけ良かったのだが。
あれ以来、自分は怖くて怖くてたまらない。
想像しただけで、のどが渇いて、脂汗が噴出す。
そのくらい怖いのだ。
そんな風に思いつめていると。
【みや】
「今年はせっかくあおいちゃんもいるのに残念ねぇ」
みやがそう言う。
俺自身も海が楽しめないのは残念だった。
【恵】
「だから海が苦手なんだってば、本当に苦手なんだよ」
【みや】
「ほら、あおいちゃんが寂しそうじゃない、あおいちゃんは一緒に行きたいんだよね?」
みやにそうたずねられて
【あおい】
『うん』
と、スケッチブック全体を使って書いて大きく返事をするあおい。
それからものすごく寂しそうな目で俺のことを見つめている。
【あおい】
『どうしてもいやなの?』
【恵】
「ごめんね、あおいちゃん」
俺が謝った瞬間、あおいちゃんはものすごく悲しそうな顔をした。
なんだかものすごく申し訳ない気分になってくる。
あおいちゃんもあおいちゃんで、諦めてないのだろう。
ねだるような目で俺をジーッと見つめ続けている。
【あおい】
『海は冷たくて気持ち良いよ?』
【あおい】
『海は広くて気持ち良いよ?』
【あおい】
『海は青くてキレイだよ?』
など、あおいの説得はしばらく続いた。
【あおい】
『せっかくの海なのに、恵君と一緒じゃないのは寂しいよ』
そうスケッチブックに書きながらあおいは半泣きになっていた。
その様子を見ていると、これ以上断り続けるのが申し訳なくなってくる。
【恵】
「わかった、わかったよ、一緒に行くだけなら、行くから、ね?」
あおいをみていると、その必死さに耐えかねる。
思わず行くと返事をしてしまう。
返事をしてから後悔してしまった。
一方あおいちゃんとはといえば
【あおい】
『やった、絶対に行こうね』
大喜びである。
この満面の笑みを見れば、良かったかなと、ふしぎとそう感じられた。
【みや】
「おお、すごい、やっぱりあおいちゃんの言うことだったら聞くのねぇ?」
イヤまで驚いている状態。
それはそうだろう。
ここ10年以上、行くと言ったことがないのだから。
【みや】
「それじゃあ、男に二言はないわね?準備するわよ?」
【恵】
「ないけど、今からじゃ急すぎない?」
【みや】
「今からじゃないけど、今日の講習終わったらあおいちゃんと水着選びに行って来ようかなって」
【恵】
「それで、いつ行くの?」
【みや】
「行けるとすれば夏期講習がない明日かな、それ以降は来週になっちゃう」
【恵】
「だとすれば明日かぁ」
【みや】
「そうなるわねぇ、あんたも水着買いに行かなきゃ行けないでしょ?」
【恵】
「へ?」
【みや】
「当たり前じゃない、いくら泳げないっていったって、まさか私服でビーチにいるつもり?」
【恵】
「そ、それは」
【みや】
「だからあんたも水着買うのに付き合いなさい、海には入んなくても良いから、せめて気分だけでも、ね?」
【恵】
「う、うん、わかったよ」
【あおい】
『みずぎ?』
【みや】
「それじゃあ、あたしはそろそろ講習行かなきゃいけないから、あおいちゃんに水着のこと教えといてね」
みやはそういいながら女性ファッション誌を俺にわたし、学校へと行ってしまう。
【あおい】
『みずぎって何?』
好くふしぎそうな顔をして聞いてくるあおいちゃん。
無理もないかと思う。
初めて見つけたときは、水着も着てなかったし。
布を巻いてるだけだったし。
水着も知らないとか、どこら来たんだろうとか疑問になる。
でも日本語ができるってことは日本人なのは間違いないんだよな。
確かに黒い髪、きれいな弧を描いている。細くてきれいな眉毛。
パッチリと大きな目。
ダークブラウンの瞳。
小ぶりで筋の通った鼻。
薄い、小さな唇。
おしりよりも越えるくらいの長いロングヘアーはめったに見れないけれど。
日本人としてみて、おかしなところはない。
でも、いろいろ知らないことが多すぎる。
もしかしてテレビの電波も届かない孤島で暮らしていたとかそういった感じなのだろうか?
帰るのは難しいって言ってたし。
そんなことを一人で色々考えながら、あおいちゃんに雑誌のページをめくり、水着を見せる。
【あおい】
『これがみずぎ?』
【恵】
「うん、色々種類があるから見てみると良いよ」
【あおい】
『うん、色々あるね』
興味津々な様子で雑誌をめくっているあおいちゃん。
色々見ながら
【あおい】
『これ、動きやすそう』
そう見せながら一つの水着を指差す。
ビキニタイプの布が若干少なめの水着をいきなり選んだのを見て少し驚いた。
【あおい】
『わたしににあうかな?』
そう何気なく聞いてくるあおいちゃん。
何気なく着ているところを想像。
抱きかかえた感覚や、布団に寝かせ滝の体の輪郭から、イメージを膨らませる。
そのイメージから、考えてみると。
似合うと思う。
そう考えた瞬間。
『アンダーとトップの差が19センチ』
そんな台詞を思い出して、若干悶絶する。
自分が想像しているよりも激しい谷間が予想される。
とか考えると、健全な男子として。
恥ずかしいものがあった。
【あおい】
『?顔が赤いよ?』
【恵】
「いや、ちょっと考え事しちゃってさ、うん、あおいちゃんにはこういうデザインも似合うと思うよ」
【あおい】
『ありがと』
【恵】
「どういたしまして」
【あおい】
『これは?』
次にあおいちゃんが着たいと良いはじめたのは更に生地が少ない、過激なデザインだった。
【恵】
「ふおおぉぉっ!!?」
あまりにも色々考えすぎて、頭がバグる
【あおい】
『??』
あおいちゃんは意味が分かってないらしく、すごく不思議そうな顔をしている。
【恵】
「さっきの方が、似合ってると思うな」
【あおい】
『わたしはこれの方が良いと思ったんだけど』
【恵】
「好きなの選べば良いと思うよ」
【あおい】
『どうせなら恵君が可愛いと思うのが良い、これは?』
そんな調子で数時間、水着の記事とにらめっこ。
俺はといえば、みやの余計な発言も手伝って、あおいに訪ねられるたびに悶絶しつつ。
受け答えをしていた。
エッチなことばっかり考えてごめんなさい。
そう言うことは考えないようにしよう
そう思えば、思うほど、ふかみにはまっていく感覚。
結局、こういう感じの水着にしようと決まったのは、選び始めてから4時間以上たってからだった。
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