第2話 友達
長年住んでいたこの町を離れたのは、確か小学校に上がる時。
再び、私はこの町に帰ってきた。
たとえ数年しか住んでいなくとも、幼い頃に記憶された場所というのは、いつ訪れても懐かしさを感じる。
この町を離れてからも、私は何度もここを訪ねていた。
この町を。
いや。
この町にある、小高い丘を。
引っ越しの作業もようやく一段落付き、私は早々に、今でも忘れられずにいるあの丘へと足を伸ばした。
懐かしい。
温かな記憶が蘇る。
人見知りが人一倍激しく、孤独だった幼年時代。
この丘で、あの小さな友人達に出会わなければ、今の私は無いだろう。
あれから何度もここを訪れていたが、私の小さな友人達は、その姿を見せてはくれない。
もしかしたら、今日こそは。
淡い期待は、訪れるたびにうち砕かれていた。
今も。
もうすっかり馴れてしまった落胆という感情に苦笑を浮かべ、私はゆっくりと帰途についた。
血というものは、争えないらしい。
すっかりふさぎ込んでしまった息子が、部屋から出てこなくなったのは、引っ越ししてから何日もしない頃。
極度の人見知りというやっかいな性質を、私からそっくり受け継いでしまった息子は、近所の子供達とうち解ける事ができないでいたのだ。
あの丘に行けば。
何の確証も無しに、そう思っていた。
「近くの丘まで、一緒に散歩に行かないか?」
扉越しに、息子に声を掛けてみる。
しばらくして、俯いたまま部屋から出てきた息子は、黙ってその小さな手を私の手に委ねてきた。
この丘に来れば。
何故私がこう思ったのか。
丘にたどり着いた息子が、不思議そうに虚空を見つめるのを目に留めた瞬間に、納得できた。
私の小さな友人達は、いなくなってしまったのではない。
ずっと、この丘に、この場所に居たのだ。
ただ、残念な事に、私にはその姿を見る事ができなくなってしまっただけで、きっと友人達は私に呼びかけていてくれたのだろう。
私も、理屈では説明の出来ないどこかで、彼らの存在を感じていたのだ。
自分でも気づかぬ内に。
「うん!あぁ、そうなんだ・・・あははっ、すごいや!」
楽しそうに笑い声を上げ、息子は、私にはもう見ることのできなくなってしまった小さな友人達と遊んでいる。
かつて私がそうであったように。
しばらく、友人達と戯れる息子を見守っていた私は、頬を撫でる風の冷たさに気づき、息子に声を掛けた。
「そろそろ帰るぞ。」
「うん!じゃ、またね!」
虚空に向かって手を振り、息子は私の元へと駆け寄って来る。
「楽しかったか?」
「うんっ、すごく楽しかったよ!」
息子の小さな手を取り、私は肩越しに丘を振り返った。
私の小さな友人達は、今は息子の友人となり、彼の成長を助けてくれるだろう。
だがいつか。
息子もあの友人達との別れを迎える。
自分たちの役割を、ちゃんと分かっているのだ。
あの小さな友人達は。
1人、新しい友達が出来る度に、小さな友人達は1人、また1人と姿を消してゆく。
まるで、新しい友達と入れ替わるようにして。
『待って!行かないで!』
最後に残った1人がその姿を消そうとした時、私は泣きながら叫んだ。
けれど、小さな友人はこう言って笑った。
『大丈夫。キミはもう、独りじゃない』
そして、笑顔のまま、霧のように消えていってしまったのだ。
美しい、虹色に光る羽を羽ばたかせながら。
「お父さん、ボク、またここに来てもいい?」
「あぁ、もちろん。」
弾むような足取りで歩く息子に、私は幼き日の自分の姿を重ねた。
今は、私の腰ほどしか無いこの息子も、いずれは成長し、大人になる。
その時になったら、息子とあの小さな友人達の事を語り合える日が来るだろうか。
あの丘に、2人で腰を下ろし、肩を並べて。
“妖精”と呼ばれる、かわいらしい友人達の事を。
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