第16章 降伏 2
スズラカミは自身の脳内にあるマイクロチップを高速で開いた。記録として脳内に保存されていたパスワードとIDをコピーした。
エクスの検索欄にその二つを貼り付けて、ボタンを押す。スズラカミの視界は真っ黒に染まった。
「できたぞ」
スズラカミは一言そう言って黙った。
テンオウは自分の脳内に一つのURLが流れて来たことに気づいた。嬉しさを噛み締めてURLを開く。そこには確かにあった。人間のマイクロチップを完全にコントロールできる力を要したモノが。
「くく……出来したぞ、スズラカミ。これでやっと俺の望みが叶えられる。ワシが歴史を変える時が来た」
テンオウは電線が入り乱れる天を仰いだ。既に頭の中に勝ち筋が浮かんだ。
「興奮しているところ悪いが急いだ方がいいぞ」
スズラカミが冷静な声で喋りかけた。
「…どういうことだ。我が部下よ」
「すぐに軍警察の動きを止めた方がいい。マイクロチップメンテナンス屋の経験から分かる。デスエクスにはできるはずだ」
テンオウはスズラカミの発言はハッとした。高速で情報処理が行われる脳内は今までのダークエクスとは比べ物にならないほどの優れものだという証だ。
「おい、お前ら」
テンオウは近くにいる部下たちを呼んだ。
「はい」
「まずは軍警察トップのオーウェンだ」
「なんと…オーウェンをいかがいたしましょうか?」
テンオウが名を呼んだそれは政府の大物だった。
「自殺させる」
テンオウはモニターを指差した。そこにデスエクスの複雑なプログラムが浮かび上がる。
「ほう…こんなにも簡単に軍警察の内部サイトに侵入できるとはな」
インターネットの見えない繋がりをを一つ一つ高速に紐解いていく。そうすることでどこで誰がいるのか位置情報で分かる。オーウェンのインターネットを見つけた。
「今じゃ誰もが24時間ネットに繋がりっぱなしの生活を送っている。だからそこに最大の隙がある」
オーウェンの体の動きが止まった。座っていた椅子を転かす勢いで立ち上がると、突然銃を取り出した。銃口は何もない壁を当てがっている。
突然何かを叫んだ。それはそういう風にテンオウのモニターに映し出されただけであり、実際に声は聞こえてこない。だが確実に何かがそこにいて、オーウェンに何かしらの危害を加えようとしているのかも知れない。
やがてオーウェンは反転して先程自分が向いていた方に向き直った。
すると奇妙なことが起こった。銃口を自分に向けはじめたのだ。真剣な顔で睨み、またもや口を大きく開けて一言二言ぐらい叫ぶ。
もはやどこからどう見ても変質者だ。急に引き金を引いた。オーウェンは自分で自分を撃った。
音もないまま倒れていくオーウェンをスズラカミとテンオウは静かに見守った。そこで映像は途絶えた。
「これで軍警察はしばらく動けないはずだ」
スズラカミはモニターを見つめてそう言った。
しばらく時を巻き戻した軍警察本部。
そこで不二僧院から戻って来たZチームがまだ死ぬ前のオーウェンと向き合っていた。
「それで協力者を捕らえられ、IDとパスワードも向こうに渡ったということか……。この件はすでに第Ⅲ部隊だけでは対処不可能だ。現在空いているⅡとⅣと合同で対処しよう」
「はっ。では総力戦ですね。すぐに準備します」
「ああ、エンペラーハウスの本部を洗い出し、攻撃を開始しろ」
「承知しました」
Zはそう言ってオーウェンと別れ早足で本部の通路を歩いた。
頭の中ではすでにマイクロチップをフル稼働させている。港、オークション、僧院。それぞれで死んだ部下のマイクロチップを保管している場所に辿り着く。パスワードを頭の中で扉を開けて中に入った。
引き出しを開けて、死体から取り出した生きているマイクロチップを手に取った。それを自分のマイクロチップと接続したZは、その情報を解析部隊に送る。
解析部隊は軍警察のスーパーコンピューターで即座に住所特定を取り掛かった。
そしてそれはすぐに終わった。富士樹海の山の中にある一つの家。そこがエンペラーハウスの本部であり、テンオウの隠れ家だった。
軍警察本部の屋上には、ドローンジェット機が三台止まっている。屋上へと通じる扉が開き、大量の人がそれに乗り込んだ。
Ⅱ、Ⅲ、Ⅳと名のついた軍警察特殊部隊だ。ドローンジェット機は全員を乗せると、音も立てずに飛び上がった。雲より上空に上がる。機体は太陽を反射し、空気を切り裂くように高速で移動した。
オーウェンは誰もいなくなった会議室で一人コーヒーを飲んでいた。これから大いなる戦いが始まる。それに向けて確実な準備をするべきだと頭の中で考えていた。ふと顔を上げると、そこに自分の家族がいる。「なにをしている」と言いそうになったオーウェンは目を見開いた。
後ろにいる誰かが自分の家族に銃を突きつけている。オーウェンは咄嗟に立ち上がる。鍛え上げらた腕に歯銃を保持していた。
「無駄だ」
そう言ってその誰かはオーウェンの妻を撃った。血飛沫をあげて倒れる。
「待て、なんだってする」
「ならその銃で自殺しろ。そうすれば子供たちは助けてやる」
「クソ……分かった」
オーウェンは自殺した。なぜなのか。なぜオーウェンの家族が軍警察本部にいるのか。それを考える脳は、すでにデスエクスに支配されていたのだ。
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