第10章 かつての記憶

 移動用ドローンは雲の合間を飛行していた。Zはスズラカミを連れてドローン内のとある場所にやって来た。ベッドにはヘルの死体が横たわっている。

「電気羊という物をよく知ってるだろ?」

「ああ、企業で働いてる時に良く使っていた」

「この機械は電気羊をさらに改良して強度を上げたものだ。より正確にマイクロチップ内の記憶を探れる」

「お前ら軍警察が言っていたデスエクスのIDとパスワードとはなんだ? まずデスエクスについて話せ」

 スズラカミは急かした。

「スズラカミよ、一応君は軍警察に協力者ということで逮捕を免れた身なんだけどな…まぁいい。デスエクスは我々軍警察特殊部隊が秘密裏に追っているエクスだ。デスエクスを脳内に入れた者はこの世界の真実を知れると噂知れている。それをエンペラーハウスに渡る前に回収するつもりだ」

「なるほどな…それで俺を協力者として都合が良かったということか」

「実際に暴き出すのは軍警察がやる。だが、エンペラーハウスのことだ。マイクロチップを違法改造している可能性もある。元メンテナンス屋としてお前が何か補佐出来るのでは無いかと思ってな」

 スズラカミはヘルの死体に目を移した。

「まぁ俺もデスエクスに興味が出て来てな。その行先を見るのも悪くない」

「デスエクスの力は未知数だ。軍警察の協力者という立場も含めて、近づかないことを昔の友人としてお薦めするよ」

「安心しろアサヒ…いや今はZと名乗っているのか。俺はお前とやり合いたいとは思わない。それに行くところもないしな。しばらくここにいるつもりだ」

 Zはスズラカミを観察した。見た目は学生時代と変わらない。だが、中身が違う。ダークエクスを使用している人にありがちな攻撃的な言動がある。恐らくスズラカミもその一人だろう。

「これよりマイクロチップの記憶媒体と繋がる。ホラ、操作は頼んだぞ」

「了解です」

 端の方でモニターをいじっていたホラが顔を上げずに答えた。


 数時間後には結果が出た。デスエクスのIDとパスワードはそれぞれ日本の別の場所に隠されていることが分かった。その内IDは第一地区の闇オークション会場で取引される絵画の裏にあること。そして、現在エンペラーハウスの組織の連中がそこに向かって移動を開始していることを知った。


「すぐに追うぞ」

  Zは移動用ドローンに指示を出した。

 スズラカミはそんなZや他の軍警察の人々を横目に内心は少し後悔していた。ダークエクスを使ったが為に軍警察に協力者という形で捕まることになった。ニシヨドを始め密売の仕事を共にしていた奴らも大勢死んだ。だが、俺にはこの方法しか無かった。それに今はデスエクスという新たな真実にたどり着くかもしれない。ならば一刻も早く俺が手に入れるべきだ。この憂鬱な世界を脱出する為に…。


「そのスズラカミという協力者、ダークエクスの利用者かどうか疑った方が良い。エンペラーハウスへの捨て駒にして死なせるか、あるいは強制的に拘束して脳内を覗く。そのどちらかでどうだ?」

 Zは目的地が分かった後、軍警察の総監視官であるツシマに報告していた。

「その線は大いに考えられますね。一方で元マイクロチップメンテナンスとしての知識、それから大等部時代のクラブ活動で格闘技全日本優勝という戦闘能力もあります。エンペラーハウスへの協力な助っ人にもってこいです。ことが終わり次第事情聴取には応じて貰いますが」

「そう上手く行くといいがな」

 ツシマはそう言ってマイクロチップの連絡を一方的に切った。確かにスズラカミは敵になれば厄介だ。いきなり軍警察特殊部隊に協力者として入れられたのだ、内心戸惑っているかも知れない。日本教育機関である大等部での思い出でも語りつつ、奴の過去を聞き出すか‥。そう思ってZは再びマイクロチップを起動した。


「まだ俺に用か?」

「まぁ、なんだ。軍警察ってのは基本的に人を疑う仕事だ。上の人間とかでスズラカミを疑っている人は多くてな」

「俺に愚痴を聞かせる為にわざわざ連絡して来たのか?」

 Zとスズラカミは今お互い別々の部屋にいてマイクロチップのネットワーク内で繋がって会話していた。

「一応仕事の協力者になった訳だ。今まで何してたかぐらい話してもらおうと思ってな。特にお前があんな所で輸送業をやっていたととはな。てっきりマイクロチップメンテナンス屋を続けているとばかり思っていた。なぁ、スズラカミ。大等部を卒業して何があった?」

「何があったという訳ではない。俺は憂鬱なこの世界を脱出したい。ただそれが願いだ」

「俺は軍警察に入って多くの犯罪者と出会って来た。今のお前はまるでダークエクスの利用者みたいな性格をしているぞ」

「アサヒ、お前は犯罪の定義がここ数年で変わったことを知らないのか?」

「なんだ、それは?」

「マイクロチップだ。皆が知っている通り脳内に埋め込まれたマイクロチップによって世の中は更に発展していった。だが精神世界は置き去りにされたのさ。マイクロチップメンテナンス屋をしていると精神がぶっ壊れた人間とよく出会う。だがそれでも、何も疑わずにただ政府の言う通りに動く。まるで魂を失った傀儡のようにな」

「傀儡か…それでも平和は維持されているだろ」

「偽りの平和がな」

「俺は軍警察の立場上これ以上の詮索は避ける。スズラカミ、友として忠告しておく。マイクロチップには、まだ俺達すら知らない盗聴機能が付いてる噂がある。そういう考えをしているとやがて何者かから命を狙われるぞ」

「噂ならいくらでもある。俺はそんなに弱くない。真実しか求めていない」

「ふっ、ある意味変わってないのかもな、お前は」

 Zは懐かしい思いに浸った。どんな形であれ久しぶりに親友に会って、自分を見つめ直せた気がする。窓の外を見ると闇のオークションが開催される会場が見えて来た。これからは殺し合いの連続だ。Zは気を引き締めた。

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