第8章 新たなターゲット 1
監視カメラを潜り抜け、第8地区に来ていた。スズラカミは今や指名手配犯だった。再び9985のビルの前に立つ。前回と同じ手順で中に入った。
オレンは長机に座っていた。薄暗い部屋でオレンの顔が怒りの形相をしている事に気づいた。
「スズラカミよ、さっきの騒ぎについて説明してもらおうか」オレンには既が企業や電車で起こった出来事がスズラカミによるものだと気づいていた。
スズラカミはいった。
「俺は自分の価値に従って生きている。それを邪魔してくる奴を分からせただけだ」
「スズラカミ、お前はもう指名手配されている。捕まって頭の中をかち割られてみろ。俺の存在もバレるだろうが。ダークエクスで快楽に浸かっておけば良いものを、まったく」
「俺は後悔はしていない」
「選択肢は一つだけだ。軍警察に狙われた時点でもう普通の企業に転職は無理だ。今からここで名前と容姿を変えて、別の仕事をしながら身を隠せ」
「やけに話が早いな。さては俺を試したな。初めから俺をダークエクスの副作用に侵してそこに連れて行くつもりじゃなかったのか?」
「それはお前次第だった。ダークエクスを利用しながら静かに暮らす道もあった。お前が選ばなかっただけだ」
「静かに暮らすなど俺にとってはあり得ないな」
「だが、その顔と名前では外に出れないぞ」
「ああ、その通りだ。お前が言う新しい仕事には必要ないのか?」
「顔なら隠せば問題ない。偽名も俺が裏で手配してやるよ」
「何の仕事だ?」
「違法商品の運び屋だ。港でやっている。逆に普通の人間は雇えない。今働いてる連中も皆、訳ありの犯罪者だ」
「密輸じゃねぇか。そんなことにも手をつけているんだな。お前、何者だ?」
「この世は闇の住人が生きるのには窮屈だ。だから俺がまとめ役なのさ」
「なるほど、また俺は運が良かったってことか」
港は風が強かった。目の前には大量の巨大なコンテナが見える。スズラカミは黒いタオルで口元を覆い頭は黒い帽子を被っている。目だけを出していた。この港は海外と日本の架け橋の一つで政府によって認められた輸出入品がコンテナで運び込まれている。もちろん表向きにだ。
港でコンテナを一時的に保護する場所をコンテナヤードと呼んでいる。この場所は一般人は入らず、定められた業者だけが出入り出来る。コンテナヤードでは基本的に定期検査、あるいは輸入されてきた商品の確認以外はコンテナのドアを開けてはならない。
「ガクさん、こっちですぜ」野太い声が聞こえた。同じ様に顔を隠した男が四人こちらに向かって来た。
スズラカミはかつて自分がやっていたゲーム内のニックネームであるガクを自分の新たな名前として使っていた。といっても公式には存在しない、完全な偽名である。
スズラカミは仕事仲間と一緒にオレンから渡された密輸用のパスワードをコンテナに打ち込んだ。コンテナのドアが開く。中には中東から届いたダークエクスのデータが保存されていた。スズラカミ達の仕事は密輸品をオレンや他の密売人の元に届ける手配をすることだった。
もちろん軍警察にバレてはいけない。このコンテナも中東から届いた電気製品ということになっている。
ダークエクスのサーバは軍警察や政府の目から逃れる為、複数の海外の拠点を経由している特殊な物だった。スズラカミは元マイクロチップメンテナンス屋としてある程度マイクロチップのサーバに対する知識があった。なんだかんだで今の仕事は向いていると思った。
すぐにスズラカミの実力は認められた。密輸をやっている仕事仲間はスズラカミのようにオレンから与えられたダークエクスを使って暴走した人もいれば、別の犯罪で指名手配を受けて、知り合いだったオレンに仕事を紹介してもらったものまでいる。オレンは闇社会の中でも中枢人物なのではないかとスズラカミは仕事仲間とよく話し合っていた。
やがて一年の月日が過ぎて行った。その間に軍警察の調べは一度も無かった。上手く巻けたのか、それともオレンが裏で手を回していたのかは分からない。でも、他の仕事仲間はそんなことを気にせずに取り組んでいた。
「俺は明日が不安じゃ無かったことは一度もないぜ」密売人仲間の一人、ニシヨドはいった。もうこの仕事を5年になるベテランだった。密売をやっていると人が突然人が消えることがある。生き残っているということはそれなりに実力はあるということだろう。
「でも生き残っているのは確かだろ。昔より生の実感があるんじゃないのか?」
「勿論だ。ガク、あんたは?」
「俺は政府が隠している真相知りたい。でも生きて行く為に金は必要だ。だからここしか無かったのさ」
「政府の真相?」
「例を挙げると、マイクロチップを俺たちに埋め込んだ理由さ」
「ふっふっふっふ…」
ニシヨドはまるで壊れた人形の様に不気味に笑った。
「何だ、急に」
「…いや、失礼した。ガクよ、あんたは真面目だな。俺は今までダークエクス利用者に幾度となく会って来た。だが、あんたがみたいに政府をどうにかしようとしていた連中は皆、志半ばで諦めていったよ。そいつらはダークエクスに夢を見せられていたのさ。俺なら世界を変えれるってな。用心するんだな。あんたの頭に入ってるのは夢じゃなく悪魔を見せる化け物かもしれないぞ」
「…ここに来てまで忠告を受けるとは思っても見なかったよ。俺は他の奴らとは過ごしてきた人生が違う。心配ご無用だ」
スズラカミは海を見た。汚れた赤色が絨毯の様に広がっている。この海はかつて青かったという。俺は青さを取り戻したいと思っていた。ニシヨドみたいな思考の人間が確かに普通なのかもしれない。犯罪者だからといって政府の真相などといった難しいことには興味ない奴も大量にいる。
だが、スズラカミはいつかその中に自分の様な思考を持つ物が居ると信じていた。もし出会えたら同志として共に活動することが夢だった。
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