第7章 確かな証拠 2

「おい、何しているんだ」

「暴力はやめろ」

 スズラカミの行動を見て、企業の他の人達が集まって来た。

「ヤタを離せ、スズラカミ。このままだと処罰の対象になるぞ」

 ナハヤは最初の方びびって動かなかったが周りの反応を見て強気に言った。

「何だよ、誰も分かってねぇな。処罰ってのは誰が定めた。俺はこんな企業の一員になった覚えはねぇよ」

 そういうとヤタをナハヤに向けて放り投げた。


 後悔はなかった。もう俺はこの企業にいることが出来ないだろう。それで良かった。最近のこいつらといたら吐き気がする。スズラカミは自分の性格、考え方が以前と変わったことを自覚していた。


 以前までは半分諦めていた。マイクロチップの埋め込みを強制された日から俺は人生に虚無感しかなかった。いつかこの社会システムから脱出したいと考えていた。


 ダークエクスを手に入れて、さまざまな犯罪や反社会的な擬似体験を積むことで自分でも出来ると思い始めたのだ。本当に感謝しかない。そう思いながらザ・ダミーの看板を見た。この企業はクソだったが一応給料を貰っていた身だ。記録には残しておくか。そう思いながらエレベーターでビルを降りて行った。


 玄関の出入り口付近でマイクロチップに繋げてきた人物がいた。上司のセトウチだった。おそらくさっきの騒ぎを聞いてのことだろう。

「おいスズラカミ、なんだこの騒ぎは。何をやっているんだ」

「セトウチさん、残念ながら俺はこの企業をたった今、辞める事にしました。電波も切ります。以上」

 そういうとスズラカミはセトウチの情報をゴミ箱に入れて削除した。


 さて、ようやく邪魔は消えた訳だ、これからは自由にやるか。そう考えながら外に出た。


 外では赤い雨が滝の様に降っていた。雷がまるで不吉の象徴の様に光った。今日は大荒れだな。ひとまず家に帰って落ち着いて考えようと思った。


 いつもと変わらない足取りで地下鉄のホームに並び、何事もなかったかの様に電車に乗った。


 電車の中に入ると共有システムによって、見たくもないものを見せられる。その一つが電車の中の精神状態の値だった。今日も「半鬱」だった。心の中の悲痛や悲鳴が機械的に判断される。


 スズラカミ自身、共有システムを認めたくないが、ここまでは普段通りだった。でも今回は違った。


 ブゥー、ブゥー、ブゥー。


 突然、電車の中に警告音が鳴り響いた。


 スズラカミのような一般市民には知らされていなかったが、ダークエクスを利用する者が共有システムに繋がった場合には警告音が鳴り軍警察が来る仕組みになっていたのだ。

 

『危険信号が発令されました。精神状態「異常」。違法制のあるエクスを使用した危険な人物が乗車しました。皆様は待機して下さい。直ちに対処致します』


 脳内にアナウンスが流れる。

 電車のエンジンが切られて減速していく。


 この俺を直ちに対処するだと?


 クソどもが。


 スズラカミはいよいよ我慢出来なくなった。全員蹴散らしてやる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおー」


 スズラカミは叫んだ。発狂した。今まで我慢していたものが声となって吐き出た。


 当然こんな声を急に出したら周りの視線が集まってくる。どうせ俺は異常者だと思われているのだろう。でも俺からしたら、お前らよりはましだ。何もかも政府の思い通りに動き何も疑わない人間。そんな奴が増えたからこの世はおかしくなってしまった。

 

 公園の赤い雨で溶けた銅像。頭の中に埋め込まれたマイクロチップ。操作された情報。見て見ぬふりをしているのか。それとも気づかないのか。こんな事になってもまだ気づかないとは愚かだ。


 スズラカミは進んだ。同じ電車に乗っている近くで傍観していた乗客が道を開ける。中にはその場から早足で立ち去る人も出てきた。


 そんな人をスズラカミは見つめた。目の焦点が合わなくなってきた。二重に物が見える。


「おい、君は何を言っているんだ。静かにしたまえ。政府の指示に従うんだ」

「なんだよ、クソじじい」

 スズラカミは喋りかけてきたお爺さんの顔を殴りつけた。殴った瞬間に骨が折れる感触があった。鼻から血を流して倒れる。それを見た乗客が悲鳴を上げた。

「キャァぁー」

「なんだこいつは」

「おい、精神状態が異常な乗客って…」

 車内がざわつき始めた。

「逃げろー」


 人々がスズラカミの前から逃げて行く。脳内に警告音が響く。電車の天井の照明が白から赤に切り替わった。


 これは避難信号で爆発物が見つかった時など、すぐにその場を離れなければいけない時に出てくる合図だった。そして今回の場合はスズラカミの存在を指していた。


 軍警察のサイレンも聞こえてくる。スズラカミは脱出を考えていた。流石に軍警察相手だと場が悪い。赤い照明に照らされながら、誰もいなくなった列車内を進み、最後尾の一番奥の扉から飛び降りた。


 そのまま線路を少し自分の足で走り、明かりが灯って無い地下鉄の裏通路の扉までたどり着いた。ここまで来れば後は行方を絡ませられるだろう。


 扉を開けて暗い通路を進んだ。ここは電波の届かない場所だった。やがて地上に通じる道を見つけた。光が顔を照らす。外に出た。


 外に出て暫くしたら軍警察も追ってこない。完全に見失った様だった。スズラカミは一つ深呼吸をした。俺は周囲の人々の悲痛な声に惑わされてしまった。でもこれで自由だ。


 頭の中に会話が入って来た。

『何をやっているんだ。今すぐ俺の所に来い。』マイクロチップの密売人のオレンから連絡が来ていた。

『企業案内か? 早いな』

 スズラカミは新たな道に歩み出した。

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