第1章 赤い雨の降り出す頃に 2
スズラカミは早速作業に取り掛かった。自動料理機の後頭部をドライバーで開けて中を見た。手を止めることなく中の部品をいじり始めた。
「3時間程度で終わります。その間は好きにしてください」とスズラカミは手を動かしながら言った。
ヒガシマサは言った。「と言われましても、ご飯もさっき食べたし、今日は休日だから、やることがないんですよね〜。あなたが作業を終えるまでここで待っときますよ…エクスでも見ながら」
そう言ってリビングのソファーに座った。だが、すぐに何かを思い出したように、手のひらを叩いた。
「そういえば、えぇっと…スズラカミさんはエクスで映画とか見ますか?」
「いえ、マイクロチップを埋め込んだ直後は見ていたのですが最近はゲームばっかりでね。興味はあるが、あまり見れてないです。何かおすすめの物でもあるんですか?」
「あ、いい質問ですね。実は私が最近みんなにおすすめしている映画がありまして、インセプションという10年代のやつですよ。めちゃくちゃ面白いです」
「なるほど…。記録には入れときますね」
スズラカミは手を動かしながら答えた。
その後スズラカミは黙々と作業をしていった。気づけば3分の2程度は仕上げ、予定通り進んでいた。すると、今までエクスを見ていたヒガシマサがしゃべりかけてきた。
「知ってますか?エクスを使う方が昔よくあった
「エクスを使い始めてから精神状態がかなり安定したっていう患者の話ですか?ニュースになってるもの以上のことは知りません」
スズラカミはしゃべりながら手を動かしていた。
「ええ…。その話ですよ。というのも私の知り合いに、それを異常すぎるほど信じている人がいまして」ソファーで座っているヒガシマサはそういうと、背筋を伸ばした。
「実はその知り合い、エクスによる経験は宗教による神の導きに似ている。俺自身もエクスによって今日の運勢を占い、人生の指針にしている。と言っていたのですよ。どう思いますか?」
スズラカミは言った。「そういう人にとってエクスは救世主的な存在なのさ。エクスはまさに人類にとっての希望だと思ってるんじゃないですか?」
「だとしたら、バスター・ロイド社には余計感謝しないといけないですね」とヒガシマサ。このバスター・ロイド社とは経験を作っている組織のことである。スズラカミはそれ以降はそのことに応え無かった。
バスター・ロイド社のようにエクスを作る企業は多数ある。そして作られたエクスはインターネット空間のストアで売られることになっている。ストアで売られているものは基本的に政府が目を通し、現環境下の日常生活に必要なものと判断したら、消費者に販売する。
政府はまともなエクスを作っていると判断した企業とは癒着している。これらの企業の禁止されていないエクスに関しては無料で提供されている。
一方、エクスを使うことにより新たに人間の記憶力の低下が深刻な問題になっていた。要因の一つに経験を擬似的に体験できること。そして、エクスの経験や実際に目の前で起こった出来事をマイクロチップ内に記録として保存できるようになったことによる影響だと考えられている。記憶することを忘れた人類が多数存在しているのだ。便利な世の中になりすぎると、人間の本来の機能が失われので、止めるべきなのではないかという議論が今でも続いている。しかし、時間は戻せないし受け入れるべきだと大多数の人間は考えている。
「出来上がりました。これでヒガシマサさんの家のIOTの接続は全て正常だと思います」スズラカミは腕をまくりながら、そういって作業を切り上げた。
「いやー助かりました。さすがですね。これからも頼みますよ」エクスを見ていたヒガシマサは立ち上がり拍手をした。
視界がだんだん暗くなっていく。やがてヒガシマサの拍手の音だけが聞こえるようになった。-
-ここまで記録を遡ったところで、データが羅列されたところに戻ってきた。もうそろそろ時間だと思い目を開けた。ふとスズラカミは電車の中の窓を目で見た。赤い水滴が天から降り注いでいる。窓についた赤い模様。その先に広がるビル群。
まったく、この雨を見ているだけで気がおかしくなりそうだ。とスズラカミは思った。
スズラカミは周りの人間を見渡した。電車に乗ったとき、マイクロチップと電車の中の共有エクスが強制的に繋がり、電車の中でどのようなジャンルのエクスを見ているか、精神状態が安全かどうかが分かる。
この電車の精神状態は「半鬱」だった。
相変わらず、暗そうな顔つきのやつが機械的な生活を送っているな。
時代に飲み込まれた下等どもが。
でも、俺も同じか、いや俺はまだましな分類だろう。
スズラカミは心の中で心の中でそう吐き捨てた。
俺より上の年齢のやつは特にそうだろう。脳にマイクロチップの埋め込みを政府によって義務化される前までは、集団教育だった。集団の中の定められたルールの中で生活を強いられていた。周りと同じことをして集団で一つの方向に向かう教育だった。
だが、それも終わった。
時代の波に飲み込まれていった人はいくらでもいる。科学技術の発達と精神の発達は別問題って訳だ。
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