第1章 赤い雨の降り出す頃に 1

 スズラカミは目を閉じた。なぜなら記録を見るには、目を閉じるのが1番良いからである。瞼の裏側の黒い部分から、大量のデータが羅列されているものが出てきた。

 永遠に続くのではないかと思わされるデータの下には、それが何日の何時の記録であるか、書かれている。

 以前と同じように、黒い縁の、手の形をしたアイコンが出てきた。それを掴み、スズラカミは右から左にスライドしていった。時間にして数秒左にずらしたところで手を止めた。とある今日の昼過ぎの記憶を強く押した-






 -大都会の高層マンションの廊下を歩いていた。スズラカミは作業着を着ており、靴は動きやすそうな黒い運動靴を履いていた。1番端の廊下の前で止まり、ノックをしようと、手を上に上げた。するとガチャッと音がして、扉が開いた。


『-テッテレー! どうも初めまして! 私は自宅警備型AIネルシーです。貴方の入室許可を審査中…、情報想起中じょうほうそうきちゅう…。ピンポン!お名前はスズラカミ。本日ヒガシマサ様のお家にお伺われたのは、現在スズラカミ様のお勤め企業、ザ・ダミーより依頼を受け、マイクロチップ接続不具合修理のため。行動は承認されました。どうぞ中にお入りください。ちなみに今日は2時間後から赤い雨が降る予定です。外出の際にはコーティング傘が必要でしょう。なんと!今ならコーティング傘が、お近くのコンビニで20%オフ。どうですか、そこの君。ぜひこの機会に新しいコーティング傘をお買っ-』


 脳内に響くAIの高い声。スズラカミは部屋に入り玄関を閉めた。すると鳴っていた声が消えた。

「いやー、わざわざすみませんねぇ。それにしてもドアのAI、うるさくないですか?このマンションに住んでいる人の9割がこの型のAIをつけているのですよ。僕も流されて買っちゃいました」

 ゆるゆるのチェクの上着を着ていて、中は白いシャツ。下は水色のズボンを履いているヒガシマサが、玄関に通じる廊下を歩きながら話しかけてきた。


 スズラカミは言った。「人間、特に日本人はそうでしょうね。昔から周りに合わせて行動するのが良いことだと教えられてきましたから。特に気にすることはないと思います。それが今の、ごく一般的かつ大多数の暮らしですから」

「そうですよねー。まあそんなことよりも、にもかくにも、まずは上がってくださいよ。どうぞこちらに。」ヒガシマサはそう言って奥のリビングに案内しようと手でジェスチャーして見せた。

 目を向けると奥のリビングでは窓ガラス越しに光が刺していた。観葉植物も置いてある。良い具合のインテリアだった。リビングに着くとスズラカミは早速状況を聞いた。


「現在はどんな具合ですか?」

「昨日、連絡を入れてから特に変わっていません。」ヒガシマサは眉間に皺を寄せて見つめてきた。

「昨日の昼にエクスを使って、セラピーやら娯楽映画を見て感情を安定させていました。その後に、お腹が空いたなぁと思い、自動料理器ロボットに繋ごうとしたんですけど、反応が悪くて繋がらなかった。試しにトイレに繋ぐと正常だったんですよ。何個か試して見て、キッチンとマイクロチップの繋がりだけが悪かった。昨日からコンビニ弁当ですよ、まったく」と半分グチをこぼして、ヒガシマサは肩をすくめた。

「現状は分かりました。確認作業を始めます」

 スズラカミは自動料理機ロボットの方を見た。外見は人間の形をした全身深い青色のロボットがいた。今はまるで落ち込んだ人間のように、首を斜め下にして目線は地面を向いている。このタイプのロボットが壊れること自体珍しくはない。所詮は一般家庭の消耗品だった。

「では、一度キッチンまで来てください」そう言いながら、スズラカミは手に持っていた、カバンを地面に下ろした。中を開けるとメンテナンス用の器具たくさん入っていた。


 ヒガシマサは言われた通り、キッチンの前まで歩いた。「そこで止まってください。これから、あなたの脳内をスキャンさせて貰います。どこに異常があって、繋がらないのかを見つけるためです。痛くはないので、安心してください」

 しばらくして、ヒガシマサは頭にヘッドフォンのようなものを装着させられた。ヘッドフォンとの唯一の違いは、耳に付けないことだった。付ける位置はこめかみの部分である。

 スズラカミは、このヘッドフォンから伸びているケーブルを、企業から持ってきた発電機に繋いだ。発電機にはモニターが付いており、ここで異常を感知する。


 スズラカミは全て用意は整ったという様子で言った。「今から行うスキャンは、電気羊でんきひつじと言う、小型電流計捜査機器です。アメリカのセレビアーノが開発したもので1番信頼性が高く、日本の軍警察でも使われている優れ物です」

 ヒガシマサは首を捻った。「電気羊でんきひつじ?どこかで聞いたような気が…」

「少し静かにしてください。今から電気を流しますから」

「あ、すいません」

 その時、ヒガシマサは一瞬だけ頭に違和感を感じた。しかし顔の表情に出すまでもなく過ぎ去った。やがて恐怖が収まり、ヒガシマサは、安堵の表情を浮かべた。

 スズラカミは電気羊のモニターを見つめた。それから2分後、マイクロチップとキッチンが繋がらない原因を突き止めた。


 






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