EXPERIENCE -エクスペリエンス-

浮世ばなれ

プロローグ

 日本軍警察本部の一室で男がベットに横たわっていた。近未来の拷問部屋と言うべきなのだろうか。周囲のあらゆる所に機械装置が取り付けられており、照明は1つしかない。そのためか壁の機械やモニターの明るさで不気味な空間を醸し出していた。横たわっている男の頭には機械の塊が取り付けられている。そしてびくとも動かない。

 

 もう一人、この部屋にいた。寝ている男に危害を加えようとするかの様に、軍服を着て帽子を深々と被ったガタイのいい男が立っていた。近くのモニターに脳波のデータが映し出されていた。男は静かにそのモニターに向かってしゃべりかけた。


「マイクロチップの記録媒体と繋がりました。今ネットワークとリンクさせます」


「そうだな。よし、繋げろ」返事が返ってきた。


 その有り様を別のカメラから見ていたZは、背もたれの深い椅子に寄りかかると目を閉じた。神経を集中させることでより鮮度の高い映像を見れる。


 自身のマイクロチップにインターネットをリンクさせた。


『日本軍警察特殊部隊第Ⅲ部隊隊長通称Z。脳内マイクロチップ照合、認証しました』脳に直接AIの音声が響き渡る。


 横たわっている男の記憶がZの中に流れ込んでくる。-




-ガラス越しに外が見えた。赤い雨が激しく降っている。本来ならそこに美しく咲いているのだろう木や草は全て枯れている。近くに動物の骨らしきものが複数落ちている。生きているのは人間だけなのかも知れない。


 場所はどこかの山の中の一室であった。部屋は整理されており、高級そうな骨董品が机に置かれている。


 今自分が見ているのは横たわっている男の目に映る過去の記録映像だ。かつてそこに存在した人間の脳の記録映像をマイクロチップで記録するシステム。Zはその記録を一人称視点で体験できる。この時代の人間は捕まれば皆歩く監視カメラだった。


 上手くいった。本当にで人を操り殺すことが出来るとは…。


 男はその力に未だに疑心を抱いていた。汚れ一つない窓ガラスに男自身の顔が写っている。


 こんなものか、だが殺した感触はないな。ワシ自身の手を使わないのはバーチャルで殺すのと同じか。だからしっくりこないのかも知れない。


 部下のダズが部屋に入ってきた。背中には最新式の銃を背負っている。表で活動できない自分の組織の中でこれを集めるのは苦労と時間を要した。

「ボス、お疲れ様でした。後にニュースに載って大騒ぎになるでしょう。その時やっと我々がやってきたことが報われると思うと感激です」


 ノイズ


 状況が切り替わる。遠くから見ると山火事が起こっている様に見える。だがよく見るとあちらこちらで火と煙がついた建物に武装した人が入れ乱れている様子が見て取れる。

 軍警察特殊部隊が大量に攻めてきたのだ。部隊は数個に分かれている。動きは洗練されていた。爆薬と悲鳴が入り混じる。そんな中、男は部屋の周りにいた部下に指示を出す。

「くそ、…貴様ら、とにかく武器で牽制しつつ外に出ろ」

「ですが恐らく全ての出口から攻められているかと…」ダズが後ろを向いて話掛けてきた。

「強行突破だ。急げ」その時目の前でダズが口から血を吐き出した。目を大きく見開く。更に背後から弾丸が撃ち込まれる。血で体が見えないぐらいの大量の弾丸が立て続けに撃たれ、やがてその場に倒れた。後ろに軍警察が数人見えた。倒れたことを目視できたのか軍警察は此方に銃を向けながら部屋に突入してきた。男も部下と共に銃を向ける。だが人数だけを見ると不利な状況である。

「テンオウだな…。無駄な抵抗はするな。武器を地面に置き手を上げろ。」


 いつの間にか袋のネズミになっていた。信じられなかった。こんなに早く隠れ家が特定されるとは。何十年と月日をかけて用意してきたものだぞ。


 ノイズ


 また状況が変わった。静かだった。地面を視界が捉えていた。上に視線が動いた。正座で上半身は地面にめり込ませる様な姿勢でしゃがまされている。何者かが手で自分の背中を押している。いや、この世の権力とやらに押されているだけだ。顔を前に向けると大量の人が自身を取り囲んでいることが分かった。


 このワシが警察に捕まるだと?どういう冗談だ。ここまでやってきたことが無駄になるというのか…。-




-Zはリンクを切断し意識を取り戻した。

「お疲れ様」Zを見守っていた部下のリナがいった。


「まったく…。脳ある鷹は爪を隠すとは奴のことを言うんだろうな。全部見たが、テンオウの中に奴の記録は残っていなかった。」Zは椅子から立ち上がった。


「ええ…。てことは、やっぱり個人が意図的に他人の記録を消すことができるってこと?」


 テンオウと呼ばれたその男の頭に付いていた機械がゆっくりと離れていく。モニターから顔がはっきりと見て取れるようになった。Zはその動きをじっと見て考え事をしていた。

「今は何とも言えんな。だが一つ言えるのは事件は終わったんじゃないってことだ」


 



 遡ること数ヶ月前。


 混雑した駅のホームに向かってスズラカミは歩いていた。この都市の中では狭い方の駅である。ホームを見た。たくさんの人々が列を作って並んでいた。


 今日もなんだかんだ時間がかかってしまった。


 たくさんの人の群れ。


 見えるのは生活のために並ぶ人間か?


 その最後尾を見た。


 まあいつものことか。


 足を緩めた。


 作業着に身を包んだスズラカミも並んだ。アナウンスが流れる。

『次はー特急1号、特急1号です。電車が到着します。お足元にご注意ください』

 この声を聞いて、スズラカミは脳の中にあるマイクロチップ起動した。


 突然目の前が白い空間に包まれた。そして「ID」、「パスワード」と書かれた黒い文字。そして長方形のオレンジの欄がそれぞれ浮かび上がる。


 スズラカミはその欄に、政府から支給された自分専用の文字を打ち込んだ。


 途端に白い空間から、パレットの中にある絵の具のような、色とりどりの四角いアイコンが浮かび上がった。


 その中の一つ、青い色のアイコンを見た。すると、その上に黒い縁取りで、手の形をしたものが浮かび上がり、青いアイコンを掴んだ。そのまま右斜め下に移動すると扉のように開き、中から電車の時刻表が出てきた。スズラカミが乗るべき電車が表示されている。

[各駅停車 21時50分]と書かれている。

 次の予定まであと15分か。そんなに時間があるなら…


 スズラカミは右下にあった手の形をしたものをもう一度掴んだ。そして、掴んだまま左上に斜めに移動させる。すると空間そのものが収束し、まるでページをめくるかのように、電車の時刻表の空間は消えた。またカラフルなアイコンがたくさん浮かんでいる空間に変わった。


 そして次に黒い背景に黄色い剣と黄色い銃がクロスし下に黄色い影のような模様がある四角い模様のアイコンを掴んだ。同じように開く。中から何やらゲームのサイトらしきものが出てきた。


 それはスズラカミが、ここ2年ほどハマっているリアリティVRバトルロワイヤルゲーム「ガン✖️ナイト」である。スズラカミは最新のアップデート情報を引き出した。どうやら新マップの追加日が決まったらしい。


 詳細なアップデート情報が書かれている欄を見た。それらを目で記録していった。今夜のルームはこの話題で持ちきりだろうなとスズラカミは思った。


 ほんの少し先のことを考えると楽しくなってきた。他の人々と同じように機械的な暮らしているスズラカミの唯一の趣味と言ってもいい。


 その時、騒音が響いた。脳の中のマイクロチップからインターネットに入る時、視界は透明にして目から見えるものを捉えるか、白い空間にするかを選択できる。そして、音に関しては塞ぐことは出来ず、周りの騒音だったり、会話だったりが耳から入ってくる。


 スズラカミは電車の音を聞いてマイクロチップとの接続を断った。電車に乗るために並んでいた人々が前に進む。


 そして電車に乗った。窓を目で見る。


 ガラス越しに、赤い水滴が天から降り注いでいるのが見える。


 窓についた赤い模様。


 そして、その先に広がるビル群。


 いつもと変わらない光景だった。


 今日の仕事中に起こったことを思い出した。マイクロチップの中に入っている今日の記録を見た。今日はマイクロチップとIOTとの繋がりが悪いと勤め先の企業を通して依頼を受けたので、直しに行った帰りだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る