第136話 外れの教会

「かなり端の方まで来たなぁ」


アキヒサはそう呟きつつ、見ていたブリュネ手書きの地図から顔を上げると、周囲を見渡した。

 この地図を頼りにブリュネの言う教会を目指しているのだが、既にニケロの街壁近くまで来てしまっている。

 ニケロの街は治安はそこそこいい方らしいけれども、街の中心部には裕福な住人層が住まい、外れにいくにしたがって貧しい住人層が増えるのは、世界が異なっても共通であるようだ。

 今アキヒサたちがいるあたりは、そういう意味では最下層の人たちが生活する地区なのではないだろうか?

 建物も雨漏りがしそうな屋根だったり、壁が崩れて補修されないままだったりするものが多い。

 すれ違う人たちも、どことなくガラが悪そうな人たちが多い。

 立地条件がニケロのど真ん中にある金ピカ教会とは大違いだ。


 ――怖い、こういうところをスラム街っていうのかも。


 ヤバそうな人たちに絡まれないようにと、すれ違う人たちと目を合わせないようにして目立たないように努めるアキヒサの一方で、レイとシロはあちらこちらの細くて薄暗い路地を覗いて回ってそこに潜むように立っている人をビクッとさせている。

 レイは路地の陰に潜んでいる人がなにをしているのか気になるようで、じぃーっと見つめているが、ああいう人たちに目的なんて求めてはいけないだろう。

 なんらかの任務で潜んでいるのかもしれないし、ああいう細くて暗い場所が好きなのかもしれない。

 そしてもう一人、リュウはあちらこちらの家をペタペタと触り、建物の強度を心配して直したがっている。

 どうもこのドラゴン、ボロい建物の存在を許せない質のようだ。

 この両者といる以上、目立たないようにしているアキヒサの努力は無意味であろう。


「レイ、そこにいる人はそっとしておいてやろう?

 リュウさんは見えないところに行かないように!」


アキヒサは引率の先生よろしく二人と一匹を引っ張って歩きつつ、やがて目的の建物が見えてきた。


「あれかな、教会って」


見えてきたのは石造りの建物で、アキヒサのイメージ通りの教会だった。

 むしろあちらの金ピカ教会の方が、教会のイメージを暴落させているだろう。


「子どもがいるのか? 声がする」


リュウがそう告げる通り、そちらから複数の子どもの声がする。

 教会には木造の建物が隣接しており、もしかすると孤児院のようなものを兼ねているのかもしれない。

 日本でも宗教系の団体はそういう奉仕をすることが多かったし、アキヒサが暮らした施設もそうだった。


「ふむ、人の子は軟弱ですぐ死ぬというのに、もっと安全確保ができる住まいであるべきだろう。

 これでは全く建物を信用できぬではないか」


リュウがそう言ってプリプリ怒っているが、確かに石造りの建物の方も周囲の建物と比べてもボロい方だし、木造の方は隙間風というより、隙間から子供くらいは出入りできそうだ。

 これでは雨風もネズミなどの害獣も防げそうにない。


「まあまあ、リュウさん落ち着いて、まずは中の人に話を聞いてみないと……」


アキヒサが今にも補修にかかりそうなリュウをなだめていると。


「うんしょっ」


アキヒサの目の前にあった木造家屋の大きめの隙間から、子どもが一人頭を出してきた。

 本当に子どもが出てきたことに驚きだが、もしかして出入りしやすいように隙間を確保しているのかもしれない疑惑が浮上する。

 そしてモゾモゾとはい出すのに一生懸命で、アキヒサたちの存在に気付かないまま前進し、避けたアキヒサと違って全く道を譲る気のないレイと正面衝突をした。しかし幼児なのに抜群の安定感を持つレイは、ビクともしない。


「ん? あれ?」


進めなくなったことで、その子は初めて顔を上げた。

 レイと同じくらいの年齢の女の子で、ポカンとした顔でレイを見ている。

 アキヒサとリュウは視線の高低差から見えていないようだ。

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