第126話 妖精憑き
それにしても生体認証とは、アキヒサは日本でもそんなシステムのお世話になったことなんてない。
明らかにこの田舎の村には過ぎた鍵システムだろう。
――いや待て、田舎だから逆にお試しとしてはいいのか?
アイカ村はニケロの街と比べても人数が少ないので、生体認証を施す人間も当然少ない。
なので混乱も街よりも少ないだろう。
これがニケロの街、もしくはまだ行ったことのないこの国の首都で試すとなると、大変な労力が必要になるはずだ。
それにコンピューターなんて仕組みが分からずとも使えるのだから、やってみると案外便利なのかもしれない。
試してやはり地面の上で暮らしたいとなったら、ここを宿にするという手だってある。
宿であれば、この鍵システムが活きるだろう。
アキヒサが一人でそんなことを考えている間に、他の面々はそれぞれ好きに部屋の中を見ている。
部屋の中もまさしくタワマンだった。
それほど広々とした間取りではないが、ダイニングキッチンとリビングがあり、個室が二部屋ついているタイプだ。
もちろんトイレと風呂に洗面台が完備で、リビングの大きな窓から外が見える。
レイは大きな窓にシロとぺったりと貼り付いて、外の景色を眺めている。
ここまで大きな窓というのが珍しいのだろう。
そしてモーリスはというと、景色にも見惚れているものの、見慣れない設備をただのインテリアと見たのか、キッチンに近付きもしない。
――やっぱり、設備はテント住宅とだいたい同じか。
そう確認したアキヒサはまずはこれからだと、照明をつけた。
「わぁ、明るくなった~」
「ファッ!? どうしたのですか!?」
多少棒読みになってしまったが、モーリスに気付かせることには成功した。
「ここを偶然触ったら、明かりがつきました」
「なんと、灯火を誰がつけているのでしょうか!?
いや、火の輝きとは少々違うような……?」
不思議そうなモーリスだが、ここで不思議がるのはまだ早い。
アキヒサは次にキッチンへ向かう。
「わぁ、なんだこれ」
そしてまたもや棒読みで、アキヒサは蛇口から水を出した。
ちなみに蛇口は棒状のハンドルを上下に動かして水の調節をするタイプである。
「なんと、それはもしや水ですか!?」
「そのようです。
これも『妖精のなんちゃら』っていう道具なんですかね?」
「はぁ~、聞いたことがないですなぁ。
いや、世界のどこかにあるのですかね?」
「こうしてあるから、そうなんでしょうねぇ」
曖昧な言葉を返しながら、アキヒサは続けて蛇口の隣のコンロにも近付く。
「わぁ、火がついたぁ」
またまた棒読みだが、気にしたら負けだ。
「なんと、なんとなんと、なんと!」
モーリスが「なんと」しか言わなくなり、自分でも明かりをつけたり消したり、水を出したり止めたり、火をつけたり消したりを繰り返し、一人ではしゃいでいた。
そのモーリスのはしゃぎっぷりをよそに、テント住宅で見慣れて珍しくない設備なレイは、ガン無視でひたすら窓から外を眺めていた。
そしてモーリスはひとしきり騒いで満足したところで。
「これは妖精の道具というより、妖精憑きの技に似ている気がしますなぁ」
モーリスがそう感想を漏らした。
「妖精憑き、ですか?」
アキヒサは初めて聞いた新たな妖精用語に、首を捻る。
そんなアキヒサに、モーリスが語った。
「聞いたことがありませんかな?
まあ珍しい存在なようですし、知らなくても無理もない。
たまにいるのです、感情が高ぶると妖精の悪戯のような現象を起こすお人が」
そう話すモーリスは昔に一度だけ、旅の途中だという妖精憑きの人物に会ったことがあるという。
その人は感情が高ぶると火を生んでしまうので、故郷にいられなくなったという話だったそうだ。
路銀が尽きて村の近くの街道で行き倒れていたのを通りかかった村の者が助け、数日滞在したところでいつの間にかいなくなったという。
これを聞いたアキヒサはピンときた。
――それ、魔術スキル持ちの人じゃないか!?
生まれつき魔術スキルを所持していて、ものすごくスキルとの相性が良かったら、無意識でスキルを使ってしまうことがあるのかもしれない。
レイなんて鬼神スキルを呼吸するように使うのであり得る話だし、後でリュウに確認するとわかるだろうか?
ちなみにアキヒサは「使うぞ、使うぞ!」と自分に念じないとスキルを使えないタイプである。
このあたりは、生まれながらにスキルと馴染んているかの違いかもしれないし、単にセンスがないという話かもしれない。
それにしても、妖精の悪戯だと「そんなものか」と軽く流されるようだが、それを発生させる人間となると、迫害の対象になるらしい。
確かにアキヒサも、最初に魔術スキルをブリュネから危険視されたのを思い出す。
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