第102話 無事に戻る

 ――さすがのレイも、怖かったとか?


「レイ?」


アキヒサがトム少年を抱っこしたままでそちらを見ると、眉間にギュッと皺を作って、困ったような怒ったような顔をしている、幼児らしからぬ表情のレイがいた。

 それが、今まで見たことのない顔なのは確かだ。

 そのレイに抱えられたシロがギュッと丸くなってプルプルしている。


「レイ、どうかした?」


アキヒサがシロを懐に入れながら尋ねると、レイはアキヒサをじぃーっと見て首を捻る。


「しっている? きいたことがある?」


それをこちらに聞かれても困るのだが。


「レイは、聞いたことがある気がするの?」


アキヒサがもう一度尋ねると、レイがコックリと頷く。

 レイは初期化された生体兵器だ。

 なので以前の記憶はなくて、覚えているのはアキヒサと出会って以降の事だけのはず。

 それなのに知っている気がする声とは、どういうことか?


 ――それだけ記憶の深層の方に残っているってことか?


 レイに強く焼き付いている声なんて、なんかヤバい感じがひしひしとするではないか。

 この声の正体は気になるのだけれども。

 今はトム少年を村へ戻すのが先だ。

 というわけで、アキヒサはトム少年を連れて急いで降りることにした。

 けれど当然、トム少年がいるのに魔術で飛んでいくわけにはいかない。

 なのでトム少年をアキヒサが抱き上げた状態で、走って降りることになった。


 ――これ、前の身体だったらとうの昔に音を上げているな。


 今だけは、この身体を造ってくれたコンピューターに感謝だ。

 それに色々なことに気をとられているせいで、トム少年はアキヒサが出している魔術の灯りに気付いていないのも幸いだ。

 アキヒサがパネル地図で確認しながら最短ルートを降りるのに、レイは遅れずに付いてきている。

 道なき道を駆けているので、多分全身葉っぱと草まみれだろうが、今は構っていられない。

 そうしてようやくアイカ村の光が見えて来たら、トム少年が「村だ!」と歓声を上げた。

 村の入り口では、村人が総出で待っていた。


「ほら」


アキヒサは村人たちの前でトム少年を降ろす。


「「トム!」」


そこへヤンと、トム少年が山に向かったかもしれないと知らせたあの女の人が駆け寄ってくる。

 彼女はどうやらトム少年の母親のようだ。


「トム! この馬鹿息子が!」


「本当にもう、この子は……!」


ヤンが真っ赤な顔をして大きな声で怒鳴りつけ、母親が泣きじゃくった顔で、それぞれにトム少年を抱きしめた。


「ごめん、ごめんよ父ちゃん、母ちゃん!」


トム少年も村に戻って気が抜けたのか、涙が浮かんできてワンワンと泣き出した。


 ――よかった、よかった。


 トム少年の小さな冒険は、ご両親にたっぷり怒られて終わることになるだろう。

 けれどその手に握られている薬草が、この冒険の成果だ。

 その薬草を見て、ヤンさんが怒り笑いのような顔になった。


「おめぇ、そんな所まで行ったのか。

 遠かっただろうによぉ」

ヤンさんがそう言って、また抱きしめている。

 その光景にアキヒサがもらい泣きをしそうになっていると、アキヒサの足に温もりが貼りついてくる。

 何事かと下を見ると、レイがピットリと抱き着いていた。


 ――レイってば、ベルちゃんの時もこうだったな。


 親子の触れ合いに、心を揺さぶられているみたいだ。


「レイも頑張ったな、偉いぞぉ」


アキヒサが葉っぱまみれなレイを抱き上げて、懐に入ったままのシロごとギュッとすると、さらにピトッと寄り添ってくるのが、まるで小動物めいていて可愛かった。

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