第101話 知らない鳴き声

アキヒサはできるだけ穏やかな声で話しかける。


「僕は冒険者だよ。

 依頼で村の人に届け物をしに来たんだけど、トムくんがいないって聞いて探しに来たんだ」


けれどこれに反応はない。


 ――やっぱり知らない大人は怖いかな。


 となると、大人じゃない方がいいかもしれない。

 となると、ここはお子様組の出番だろいう。


「レイ、シロ、トムくんに洞から出てきてってお願いしてきてくれる?

 もう大丈夫だからって」


アキヒサがレイとシロに頼むと、レイはコックリと頷いてシロを抱えた。

 シロが洞が怖くて嫌がっても連れて行くつもりのようだ。

 頼まれたら全力でこなすのが、レイである。


「いってくる」


そう言って洞の中へ入っていくレイとシロだが、両方とも夜の闇の中でも白くて目立つため、洞の中のトム少年からも見えているはずだ。

 小柄なレイは、屈まなくても洞の入り口をギリギリ通れた。


「だいじょうぶ、でていい」


しかし他の三歳児と比べても口が達者ではないレイは、本当にアキヒサが頼んだ通りの台詞しか言わない。

 それでも幼児と子犬と言うビジュアルが安心感を与えたのか、やがてモゾモゾと戻ったレイとシロに続いて、知らない男の子が出て来た。

 ツンツンした髪に日焼けした肌。気の強そうな目をしているこの子が、トム少年だろう。


「君がトムくんかな?

 ギルさんのために夜の山に入って薬草を採りに来るなんて、なかなか度胸があるね」


アキヒサはトム少年にニコリと笑いかけながら告げる。


「……あの、俺」


叱られるとばかり思っていただろうトム少年は、逆に褒められて戸惑っているみたいだ。

 けど、いけないことをしたってことは、誰よりもトム少年自身が一番分かっているはず。

 魔物が徘徊する山の中でじっとこの洞に隠れている間、すごく怖かったに違いない。

 だからこの場では叱らずに、それは両親に任せよう。

 それに逆上してこの場で大きな声を出される方が困る。


「その度胸が無駄にならないように、知識と強さを身に着けような。

 あの女の子にいい所を見せたかったんだろう?

 小さくっても男ってことだね」


アキヒサはちょっとニヤリとして、トム少年を小突く。


「そんなんじゃねぇし」


照れたようにそう言ってそっぽを向くトム少年だったけど、ずっと小刻みに震えていたのが、いつの間にか止まっている。

 そして、こんな所まで一人で大冒険をした原因についても教えてやる。


「ギルさんはね、見た目程ひどい怪我じゃなかったようなんだ。

 だから明日には良くなるかもよ?」


「そうなのか?」


これを聞いたトム少年は、呆けた顔になった。


「そうなんだ。

 だから早くその持っている薬草を届けたら、きっともっと良くなるね」


「……うん。

 なんだ、アイツが大げさに思ってたんだな、そっか」


トム少年の方から力が抜けた、その時。


 グゥォオーーン!


 ゴルドー山全体に響き渡るような。

 大音響の獣の鳴き声がした。


「ひっ……」


トム少年が恐怖からか、両耳を手で抑えてしゃがみ込む。


「……っ! なんだ今の!?」


 ――明らかに普通の魔物の鳴き声じゃないよな!?


 今までアキヒサたちが見てきた魔物よりも、もっと巨大なモノの鳴き声に聞こえる。


「トムくん、今の鳴き声の魔物のこと、知ってる?」


「し、知らない! 初めて聞いたし!」


今まで静かにできていたトム少年が、そう絶叫してガタガタ震え出した。


 ――いけない、パニックになっている!


 アキヒサはトム少年を落ち着かせようと、抱きしめて背中を撫でる。


「大丈夫、大丈夫だよ」


けど不思議な事に、アキヒサは全く怖くない。

 別にこれまでホラーやパニック系の映画やドラマが好きだったわけでもないのに、どうしてだろう? と首をかしげていて、やがて思い出す。

 そう言えばアキヒサは、スキルの精神攻撃耐性がMaxだったのだ。

 そのおかげだったとしたら、社畜経験が生きたということだろう。

 助かったけれど、微妙に嬉しくないアキヒサであった。

 そんなアキヒサの傍らで、いつもなら魔物となれば突進していくレイが静かな事に気付く。

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