第98話 気になるレイ

「これは大麦を炊いたものなんですが、よければ炊き方を教えましょうか?

 それほど難しくないですし」


「本当ですか!? 助かりますぅ……!」


アキヒサの提案に、とうとうモーリスが泣きだしてしまった。

 なにせこんな状況だから、足りない食糧を仕入れるにしてもすぐに手に入るはずがない。

 荷馬車が動いていないのだ。

 ただでさえ肉が獲れなくなっているのに、その上小麦まで駄目になってしまうと、村人は飢えるしかなくなる。

 この難題をどうするか、頭を抱えていたであろう所で解決策を見つけたのだから、嬉しいのもわかる。

 大麦だったら十分にあるので、数か月はもつだろうとのこと。

 そして買い出しするにしても、当然大麦は小麦よりも安い。

 小麦の収穫が見込めない今、安価な大麦で済むなら助かることだろう。

 ちなみに流通がストップしている街道だが、現在この村からニケロの街まで、人を走らせていたりする。

 何故なら、山賊たちを領主様の兵に引き渡す必要があるからだ。

 なので村の男の中でも元気そうな人を選んで、馬で向かってもらっている。

 今ならアキヒサたちが魔物を根こそぎ狩っているので、街道が安全だということで話が通ったのだ。

 普通「安全だ」と言われても疑われるところだろうが、アキヒサたちが大量のマーダーモンターナを提出したことが、村人たちに「ああ、なるほど」と納得させたようだ。


 ――どれだけ怖がられているんだ、マーダーモンターナって。


 それはともあれ。

 山賊たちが引き渡されたらいくばくかの報奨金が入ると、モーリスが言っていた。

 山賊の数人は村人たちで倒していたので、報奨金は折半だと話はついている。

 アキヒサがその報奨金を使ってこの村で買い物をすれば、まわりまわって村の人が潤うだろうと計画中だ。

 しかしそれも、今すぐにどうなるものではない。

 当面の食べ物は、今回売ったマーダーモンターナと大麦の活用でなんとかなるとして。

 今後を考えると、やっぱり普通に猟師が狩りをできなければ、すぐにまた前の状況に逆戻りだ。


「うーん、ゴルドー山かぁ」


アキヒサは村から見える山の頂を眺める。

 気になるところだが、今ガイルたちが調べてくれていることだし、待った方がいいだろう。

 そう思いつつも、心のどこかがモヤモヤしているアキヒサの裾を、クイクイと引く小さな手がある。


「レイ、どうした?」


口の周りに大麦のご飯つぶをたくさんつけているのを、とってやりながら聞くと。


「やま」


レイがそう言って、ゴルドー山を指さした。


「気になるのかい?」


尋ねるアキヒサに、レイがコックリと頷く。


「やっぱり、なんかいる」


 ――なんかいる、かぁ。


 普段あまり自分から主張をしないレイが、こうまで繰り返し言うのは珍しいことだ。

 これを無視するわけにはいかないというか、無視できそうにない。

 それに、なんだか調査隊の事が心配になってきたかもしれない。

 生体兵器がこんなに気にしていることを、いくらガイルたちが上位冒険者といっても、本当に大丈夫なのか?

 もしレイ並みに強い魔物などが出たら、太刀打ちできないのではないだろうか?

 いや、レイ並みの魔物なんて存在は、そうそうないとは思うのだけども。


 ――けどなぁ、うーん……。


 ここはいっそのこと一度、ゴルドー山に登ってみるか?

 ゴルドー山は現在入山規制がかけられていて、調査隊以外はいないはず。

 誰とも会わないようにこっそり登ってちょっと様子を見て、こっそり降りるっていうのはどうだろう?

 アキヒサがそんな思案をしていると。


「ああ、村長ここだったか」


村人であろう髭モジャ男が、こちらへ近づいて来ているのが見えた。


「なあ村長、ウチの息子をみてねぇか?」


そしてモーリスに、困った顔でそう話しかけてくる。

 どうやら息子さんを探しているようだ。


「ヤン、なんだトムか?

 大方、そこいらで子ども同士集まって遊んでいるんだろう」


モーリスが言う通り、広場から離れたところから子どもの歓声が聞こえてくるのだが、ヤンは首を横に振る。


「そう思ったんだけどな、どこにもいねぇんだわ。

 あんなことがあったばっかりだから、一応ちゃんと探しとこうと思ってるんだが」


なるほど、目を離した隙にいなくなったのを、無事な姿だけ確認するつもりでいたら、どこにもいないというわけか。

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