第92話 村長と話そう

アキヒサは鞄から濡れタオルを取り出して、汚れているであろうレイと自分の顔と手を拭いたら、おやつと飲み物を取り出す。

 今回のおやつは、ニケロの街の市場で買ったクッキーだ。

 色々な野菜が練り込んであって、見た目がカラフルな上に栄養もとれるという優れものなのだ。

 そのクッキーと、温かいまま入れておいた飲み物を出す。

 アキヒサはタイム茶、レイはホットアポルジュースだ。

 レイにまずは水分補給にジュースを飲ませてからクッキーを渡すと、レイは無表情にモグモグしてから告げる。


「おいし」


「うんうん、動いた後のおやつは美味しいよな」


アキヒサも野菜クッキーを口に入れながら、レイに同意する。

 シロも「くれくれ」と言わんばかりに前足でアキヒサをぺしぺししてくるので、わけて上げていると。


「あのぅ……」


横手から声をかけられた。


「はい?」


アキヒサがそちらを振り向くと、恰幅の良い髭もじゃなおじさんが立っていた。

 年齢は五十代くらいだろうか?

 その態度は恐々ながらも勇気を振り絞っているといった様子だ。


 ――こんな状況なことだし、余所者な僕らって完全に不審者だよな。


 まずは挨拶だと、アキヒサは持っていた野菜クッキーを全部シロにやってから、ベンチから立ち上がる。


「この村の方ですか?

 はじめまして。

 僕は冒険者ギルドで、物資運搬の依頼を請け負った者です」


「おおっ!? そうだったのですか!」


アキヒサが自己紹介をすると、おじさんはホッとした顔になった。


「村の者からちっこいなにかがものすごい勢いで山賊どもを狩っているだの、知らない男が山賊を埋めて回っているだのと聞いて、なんの怪奇現象かと思っていましたが、いやはや……」


そう話すおじさんは、どうやらレイが山賊退治をしている現場を見ていないらしい。

 だったら子どもが無双していたなんて聞いても、意味不明だっただろう。


「村へ向かっていたら、遠目にも様子がおかしいなと思いまして。

 お節介ながらも手助けをした次第です。

 怪我人などはいますか?」


アキヒサは経緯を簡単に説明した後で、そう確認する。

 おやつ休憩をしていたらちょっと魔力が回復しているから、もうしばらく休憩すると治癒の術をかけられると思うのだ。

 そう思ってのアキヒサの質問に、おじさんが深々と頭を下げてきた。


「まずは、助けていただきありがとうございます。

 あ、申し遅れました、私は村長のモーリスです。

 あのぅ、それでですね。山賊退治を手伝っていただいた分の料金は……」


モーリスが自己紹介の後、恐る恐る聞いてくる。


 ――なるほど、そこって気にするよね。


 ここでアキヒサが「お礼なんていらない」というのは簡単だろう。

 だがそのせいでこの村に今後やって来た冒険者が、「前の人はタダでやってくれたぞ!」と言われるようなことになっては困る。

 ちなみにコレは、社畜をやっていてよく遭遇する事案だったりする。

 「○○社はコレで受けてくれたんだから、おたくだってできるでしょ?」という奴だ。

 どこかが仕事欲しさに儲け度外視な格安で請け負い出すと、それが最低料金のスタンダードになってしまうという悪循環である。

 あの時は特別価格だったと言っても、後の祭り。

 「あの時アレでやれたんだったら、それでやれるんですよね?」と格上の会社から言われたら、首を縦に振らざるを得ない。

 安易な安売りをするべからず、という教訓だろう。

 それに村側にとっても、後々になってアキヒサから「あの時の恩を返せ」と言われるリスクがあるわけだ。

 だったら、ちゃんと契約書を作って依頼として完了させた方がいい。


「困った時はお互い様です。

 でも全く謝礼的なものを受け取らないのも、後々を考えると良くないでしょう。

 なので村での滞在費をそちらで持っていただく、というのでどうです?

 それで依頼としてしまいましょうか」


「それで良しとしていただけるのなら、助かります!

 もちろん、最大限におもてなしをさせていただきます!」


アキヒサの提案に、モーリスが手を握ってきてブンブンと振る。


 ――よほど無茶な要求をされまいかと、不安だったんだなぁ。


 それはともかくとして。


「あの、それで運んできた補給物資、どこに置きますか?」


そうなのだ。

 アキヒサたちはそもそも山賊退治に来たんじゃない、届け物に来たのである。

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