第90話 緊急事態っぽい
卵料理に満足した、翌日。
アキヒサたちはこの日も、朝からアイカ村に向かって歩いていた。
「ご機嫌だね、レイ」
「ん!」
昨日のオムレツがかなり美味しかったのか、機嫌よくズンズン進むレイの足取りは軽い。
おかげで予定よりも早くアイカ村に到着しそうだ。
「そろそろ見えると思うんだけど、あれかな?」
アキヒサは小高い丘の上に来たところでパネル地図を見ながら確認し、やがてそれっぽい集落を発見する。
どうやらあそこかアイカ村のようだ。
けれど――
「なんか、様子がおかしいな?」
村を見れば、あちらこちらから煙が上がっている。
その煙は煮炊きに使う煙というより、火事の火のように黒っぽいものであった。
「火事? 大規模なたき火?
にしてもなんだろう、変だな」
首を捻るアキヒサの服の裾を、レイがグイグイ引っ張ってきた。
その表情は怖い顔で、村の方向を睨んでいる。
レイのこれは、良くないことが起きているという合図である。
「よしレイ、ちょっと飛ばして行こう」
アキヒサはそう言うとレイを抱え、シロを懐に入れた。
「フライング」
そして魔術を発動すると、身体にまとわりついた風によって猛スピードで地面を滑るように進んでいく。
幸い今はこの街道を通る人はいないから、全速力で行けるのだ。
こうしてアキヒサたちが村へ近づくにしたがって、焦げ臭さが鼻につくようになる。
それに家屋が燃えているのがちらりと見えて、たき火という可能性が消えた。
それからあっという間に村の目の前まで来たところで、上空に飛んで村を見下ろす。
この上に飛ぶのは、シロが飛んでいるのを見ているレイがどこか羨ましいみたいだったことから、一緒に飛ばしてやるべく編み出したアレンジである。
「ただの火事? いや、暴れている奴がちらほら見えるな」
アキヒサがこの身体になって劇的に視力が良くなった目を凝らせば、火が上がっている家屋に紛れて、複数人が剣を振り回している姿が確認された。
「レイ、村が襲われているみたいだから、助けに行くよ!」
「ん!」
アキヒサの意見にレイが力強く頷くので、続けて言う。
「悪いことをしているっぽい奴は、生け捕りだからな?
後から話を聞けるようにしておいてくれよ?」
これに、レイは一瞬の間を置いてから。
「……ん」
不承不承と言った感じの返事であった。
――レイ、今の間って「面倒そう」とか考えたんじゃないよな?
この「生け捕り」の方針は、アキヒサに人殺しをする度胸がない、というのが大半の理由だったりする。
けれど情報集めが難しいこの世界では、人から入手できる話は貴重な情報源である、という事情もちゃんとあった。
ぶっちゃけ殺すことはいつだって出来るんだから、兵士にでも引き渡して仲間の情報を得るのが優先だ、というのが冒険者ギルドで言われた話である。
こうして大事な事を確認している間、誰も上空を仰ぎ見たりはしなかったので、まだアキヒサらの存在は気付かれていないようだ。
「レイ、行って!」
アキヒサがレイの身体を離すと、レイは自分でもアキヒサの身体を軽く蹴って勢いをつけると、弾丸のように村の中、人がもみ合っている現場へ飛び込む。
ドォーン!
そして地響きと共に着地したレイは、衝撃でどうにかなるような軟弱な幼児ではない。
なにせ硬くてデカい魔物を素手でボコれるくらいに頑丈だのだ。
レイが降ってきたことに、その場にいた者がギョッとしたのがアキヒサがいる上空からでもわかる。
「なんだこのガキ!?
どっから湧いたんだ!?」
突然目の前に出現したように見えるレイに、村の中で暴れていた男の一人が驚く。
「まあいい、どうせガキだ!」
それでもレイをただの村の子どもだと勘違いした男は、洗練されているとは言えない緩慢な動作で剣を振り下ろす。
――うーん、ブリュネさんの剣に比べると、子どものお遊びに見えるな。
当然ながらその剣は空振りした挙句、男はレイの蹴りをくらってあえなくノックアウトである。
そしてレイは続けざまに暴れていた団体を片付けると、すぐに次の獲物を求めて駆けていく。
レイにとって彼らは、物足りない相手であったようだ。
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