第86話 大事な葉っぱ

 けれど、ユーリルの葉をあげるかどうかを決めるのはアキヒサではなくて、レイだ。


「レイ、どうする?」


アキヒサが尋ねると、レイは長いところ「う~」と唸った末。


「はっぱ、あげる」


「まあ、本当にいいのっ!?」


レイがそう告げたのに、ブリュネとしてもダメ元くらいの気持ちだったのか、跳び上がらんばかりに喜ぶ。


「ぶりゅ、いいこ」


レイはブリュネとしっかり言えない上に、「いいこ」ときたものだ。

 恐らくはアキヒサがレイやシロに「いい子だね」と褒める言葉を真似したのだろう。


「レイ、そこは『いい人』って言おうな」


「あら、いいのよぉ『いいこ』で。

 なんだかレイちゃんと友達になったみたいじゃない?」


アキヒサが修正しようとするのに、ブリュネがそう言ってくる。


「ともだち?」


レイが不思議そうにする。

 仲良く過ごしたのがリンク村のベルちゃんくらいしかいないので、友達という言葉になじみがないのだ。


「友達っていうのは、特別に仲良しになろうねっていうことだよ」


アキヒサが説明すると、レイはコックリ頷いた。


「わかった、なかよし」


「アラ嬉しいわ、じゃあアタシとレイちゃんは友達ね♪」


ブリュネはそう言うとレイの目の前まで来てしゃがむと、レイの小さな手をとって握手をする。

 レイは握手をじぃーっと見ていたが、どことなく嬉しそうな顔をしていた気がした。



こうして、レイがユーリルの葉っぱを後でプレゼントすることを約束したところで、アキヒサたちは宿へと戻った。


 ――葉っぱなら千切って鞄に入れておけば枯れないし、落ち着いてから渡す方がいいかもな。


 ブリュネもきっと慎重に育てたいだろうから、こんなバタバタした時に渡されたくないだろう。

 そんなわけでアキヒサは宿へ戻ったら、すぐにリーゼにレイのリュックの調整を頼んだ。


「このくらいはすぐにできるわ」


そう言って快く引き受けてもらえたので、一安心である。

 その後、アキヒサは厨房の片隅を借りてパンケーキやおかずの作り置きに励む。

 作るのは、念願の牛丼だ。

 まずは鍛冶屋で買った大鍋でご飯を大量に炊く。

 ちなみに大麦の炊き方は簡単で、大麦を倍量の水で中火で茹で、しばらく蒸らしたら完成だ。

 この炊き立ての麦ご飯入り鍋を鞄に入れておけば、いつでも炊き立てが食べれるわけである。

 そして牛丼の具はレイでも食べやすいように、別の鍋でトロトロに柔らかく煮込む。

 肉を事前に玉ねぎっぽい野菜とオラの実オイルに漬けておくことが、柔らかく仕上げるポイントだ。

 ちなみに煮込むタレはさすがにアキヒサ一人だと手に余るので、牛丼作りを興味深そうに見守るご主人に味のイメージを伝えて監修してもらった。

 醤油がまだ見つけられてないので、日本の牛丼を完全再現というわけにはいかないが、なんとかそれっぽい味になった気がする。

 そしてご主人が牛丼をお店のメニューに出すにはちょっと難しいけれど、賄いとして食べたいと言ってきた。


 ――まあ高級店路線な「とまり木亭」だと、確かに牛丼をメニューに載せたらイメージ違いかな。


 異世界牛丼は二人の合作なためもちろんOKした。大麦を炊いたことには驚かれたが、地域によっては食べると話すと、そんなこともあるのかと納得してくれる。

 そんな牛丼を仕込んでいる間、アキヒサはご主人に商業ギルドへ行ってきた話をした。


「びっくりしましたよ、もう」


「ははっ、っていうか口座作るの遅かったな」


冒険者ならいつか商業ギルドで口座を作るだろうから、その時の驚かせようと思ったらしい。

 驚かせた詫びだと、ご主人からピクルスを譲ってもらったので結果得をしたわけだが。

 ありがたく美味しく食べさせてもらうことにしよう。

 全ての準備が終わって、寝る前の時間。


「む~」


レイはユーリルの花をじぃーっと見て、ブリュネにあげるのをどの葉っぱにするかすごく悩んでいた。

 かなりの長考の末、選んだ葉をプチっと千切る。

 大事な花の葉っぱを千切るのだから、どうやらレイの中でブリュネの立ち位置は高そうだ。

 そして、翌日。

 街門の前に立ったアキヒサの荷物は、いつものように鞄一つだけだ。

 ついさっき受け取った補給物資は、既に鞄へ収納済みである。

 その傍らのレイはなんのやる気なのか、シロとお揃いウイングドッグ着ぐるみ姿で、背中に特別製のユーリルの花リュックを背負っている。

 門番の兵士にすごく奇妙な目で見られているけど、当人は全く気にした風ではない。

 ともあれ、アキヒサらは準備万端というわけで。


「よーし、じゃあ出発!」


「しゅっぱつ」


「アン!」


アキヒサたちはニケロの街を発った。



そんなアキヒサたちを、見つめる影があった。


「ふん、今だけそうしていろ」


この呟きは風に流されて消えてしまい、アキヒサたちに届くこともない。

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