第85話 花を持っていたい

 鍛冶屋と商業ギルドでレイをかなりほったらかしにしていたので、アキヒサはそのお詫びを込めて屋台通りへ行っておやつ休憩にすることにした。

 買ったのは黒パンを揚げて蜂蜜を絡めたものだ。

 多分古くなった黒パンのリメイクなのだろうが、サクサクとした食感で案外美味しい。

 シロにも揚げパンをやりながら、レイに話す。


「レイ、あとお布団を買ったら終わりで、宿に帰るからな」


「おふとん?」


アキヒサがそう言うのに、レイが首を傾げる。

 旅の買い物と布団が繋がらないようだ。


「そう、お布団だ。

 旅の間でもフカフカの布団で寝たいだろう?」


アキヒサはそう説明する。

 テント住宅が使えれば快適だが、街道沿いだと使えないことが多い。

 なのでテントで寝ることになるのだが、そうなると寝具が毛布しかない。

 けれど、いつまでも毛布に包まって済ませるのもどうかと思うのだ。


 ――どうせなら、ちゃんとした布団で寝たいじゃないか。


 幸い鞄のおかげで荷物は嵩張らないわけで、泊りがけの仕事に行くことになるなら、絶対に布団を買おうと考えていたのである。


「おふとん、フカフカ」


「そう、フカフカので寝ような」


レイもなんとなく分かった風であることで、揚げ黒パンを食べ終えたアキヒサたちは、「とまり木亭」のリーゼに事前に教えてもらっていた寝具店へ向かうと、無事フカフカの布団をゲットした。

 早速高い買い物をしてしまったが、これは浪費ではない、必要経費だ。


「あとは、なにがいるかなぁ?」


寝具店から出たアキヒサが、脳内リストを探っていると、下から服をクイクイと引かれる。


「うん? どうしたレイ」


「はな」


アキヒサが足元を見ると、シロを抱えたレイがそう言ってきた。


 ――鼻?


 鼻水が出そうでかみたいのか? などとアキヒサが考えていると。


「うえきばちのはな」


再びレイが告げたことで、アキヒサはようやくはなが花であることに気付く。


「ああ、ユーリルの花か!」


毎朝レイが水をあげている、リンク村のベルちゃんから貰った花のことだった。

 ユーリルの花は、宿で部屋の窓辺に置いていて、毎日レイが水やりをしているのだ。


「だいじなにもつ、もつ」


レイが「むふ!」と気合の鼻息を漏らしながら言う。


「……もしかして、自分で持っていたいのか?」


アキヒサが尋ねると、レイはこっくりと頷く。

 なんと、あの花を自分で持ちたいのだという。

 アキヒサとしては、まだテント住宅の庭部分での育成実験は途中であり、そんな場所に大事な花を植えるわけにはいかないし、鞄に入れて運ぶかと考えていたのだが、レイが自分で言い出したことは尊重してやりたい。


 ――食べ物以外での自己主張だぞ!? 感激するじゃないか……!


 というわけでアキヒサは、園芸と言えばブリュネだろうと、早速相談しに再び冒険者ギルドへ向かう。

 突然の相談にもかかわらず、ブリュネは快く話を聞いてくれた。


「へぇ、一緒に遊んだ娘に貰った花ねぇ。

 いい話じゃなぁい♪

 それなら、苗を運ぶための鞄っていうのがあるから、それをあげるわ」


ブリュネはそう言うと、軽い素材の植木鉢がセットできる布鞄と、ブリュネ特製ブレンド土をくれる。

 鞄の紐がレイには少々大きいが、宿でリーゼに頼めば調節してもらえるだろうとのことだった。

 これらが室内から出て来たことにビックリしたが、ブリュネはストレスが溜まった時にこの部屋で植木鉢の園芸を楽しむのだそうだ。

 その習慣のおかげで、アキヒサは助かったわけだが。


「お礼をしたいんですけど、なにがいいか……」


鞄になにかいいものが入っていたか? とパネルで中身を確認していると。


「それなんだけどね?」


するとブリュネが遠慮がちに切り出しながら身を乗り出して、レイに視線を向けた。


「レイちゃん、そのユーリルの花の葉っぱを、アタシに一枚もらえないかしら?」


「はっぱ?」


レイはブリュネのお願いを聞いて、首をかしげている。


「はっぱ、はなじゃない」


レイは「花の方じゃなくていいのか」と聞きたいらしいが、それがちゃんとわかったらしいブリュネが頷く。


「ええ、葉っぱでいいの。

 ユーリルの花って葉っぱで増やせるのよぉ」


「ああ、あの花って葉挿しで根付く種類なんですか」


ブリュネのお願いの意味を、アキヒサはようやく理解する。

 どうやらブリュネはユーリルの花を育ててみたいようである。


「そういうコトなの、アナタこそ葉挿しなんてよく知ってたわね」


ブリュネからそう言われて、アキヒサは「一応、園芸は少し経験があるので」と返す。


「でも、ユーリルの花を人の手で育てるのは難しいって、リンク村で聞きましたけど」


そう、だから森の中に自生するのを採取するしかないという話だったはずだったのだが。


「それに挑みたくなるのが、園芸家よ!」


ブリュネにそう力説されてしまった。どの分野であっても、なんとも逞しい人である。

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