第83話 例のアレ

食料品の買い出しが終わると、次に向かったのは鍛冶屋だった。

 ここはブリュネに紹介された店であり、以前にとあるものを注文していて、それがそろそろ出来上がっているはずなのだ。


「おはようございまーす」


「おはよござます」


「アン!」


アキヒサが朝の挨拶をしながら鍛冶屋に入ると、レイもシロも真似するように言いながら続いて入る。


「誰でぃ、ってあんちゃんか」


すると店の奥から出て来たのは、大柄で筋肉ムキムキなおじさんだった。


「アレ、そろそろ出来ていますかね?」


「ああ、そろそろ取りに来る頃だと思ってたぜ」


アキヒサの問いかけにおじさんは再び奥へ行くと、片手で持てるサイズの箱を手に戻って来た。


「これでどうでぃ?」


箱を開けたおじさんが、中から一つだけ取り出して見せたものは――


「おおっ!? そう、コレです!」


見慣れたフォルムのものに、アキヒサのテンションが上がる。

 それは掌に乗る小さなもので、握り手の先に小さな刃が連なって付いている。

 これはズバリ、シェーバーだった。

 実はこの国、シェーバー的なものがなかったりするのだ。

 男たちが髭の手入れに使っているのは、剃刀というよりほぼナイフ。

 肌のお手入れに向いているとは、到底思えない代物だ。

 しかも鏡が高価であまり出回っておらず、自力で髭剃りをしようとすると勘頼みとなる。

 なので髭剃りは難しい技術で、専門店にお世話になるものだというのは一般的認識だった。

 だからというわけではないだろうが、少なくともアキヒサが見た限りでは、ニケロの街では髭男率が非常に高い。

 料理人やサービス業のような、身だしなみの清潔さが求められる人たちは、髭剃り専門店へと通うのだ。

 しかしその髭剃り店も、昨今では技術の継承が難しくなり、尚且つ客層も限られているということで、苦境に立たされているのだそうな。

 アキヒサは元々それほど髭が濃い方ではなかったが、それでも手入れはする必要がある。

 その手入れを頑張ってナイフでやってみるものの、途中で髭を皮膚ごと切ってしまい、治癒の魔術で治すまでが髭剃りだったりする。

 けどそれも、このシェーバーがあれば話が変わってくるわけだ。


「もちろん自分で試し済みよ。いやぁすげぇなソレ!」


そう言いながら、顎を撫でるおじさん。

 確かにそこには、依然訪れた時にはモサモサしていたはずの髭がない。


「ふっふっふ、これで髭剃りに失敗しての流血沙汰からおさらばですよ!」


アキヒサはニマニマしながら、箱の中に詰まったシェーバーを見つめる。


「……?」


「キャン?」


レイとシロはというと、興奮気味のアキヒサたちとシェーバーを、不思議そうに見比べるばかりだった。


 ――まあ見慣れないとそういう反応になるか。


 この感動は、きっと髭が生えるようなお年頃にならないとわからないのだろう。


「あんちゃん、コレは革命だぜ」


「コレがあれば、髭を剃る人が増えるでしょうね」


おじさんとアキヒサはお互いに頷き合う。

 シェーバーがあれば自分での髭剃りが簡単になるだろう。

 けれどアキヒサとて日本で、理容室でしてもらう髭剃りは特別に気持ちよかったのを覚えている。

 やはりプロの技は違うものだし、髭剃り人口が増えれば、自然と髭剃り店へ通う人も増えると思うのだ。

 というわけで、アキヒサはシェーバーを街の皆に売ることをおじさんに提案する。


「は? 本当にコレを他で売ってもいいのか?」


「はい、幸せはみんなで分かち合いたいので」


提案に驚くおじさんに、アキヒサはそう話す。

 技術の独占をして一儲けをするのは簡単だろうが、それよりも世の男たちに髭剃りをより身近に感じてほしかった。

 会社に髭を生やしている人がいたが、曰く毎日手入れしないと単なるだらしない人になるし、夏は蒸れるしで、結構苦労があるのだそうだ。

 この街の髭男たちの中に、髭剃り店へ行くお金がないから髭男なだけな人がいるかもしれないし、そうした人に髭を剃るという選択肢を与えてもいいはずだ。

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