第82話 お願いされた

 疑問顔のアキヒサに、ニールが告げた。


「実は、あなた方にお願いしたいことがあるんです」


そう前置きして話す内容によると、ニケロの街から三日ほど歩いた場所にあるゴルドー山の麓にある村が、魔物騒ぎのせいで馬車の定期便が走らなくなったため、物資が届かなくなって困っているらしいのだ。

 村人たちが餓死するような状況を避けるために、腕のある冒険者に補給物資を運んでもらおうと、この辺りを治める領主からの依頼があったらしい。


「しかし問題があって、それなりの腕のある冒険者というのが、現在手が空いていないんです」


「それを請け負うようなベテランは今回、調査隊へ参加しているだろうな」


困ったように言うニールに、ガイルが補足する。

 普段ならばただの荷物運びなのだから、低ランクの冒険者でも構わない。

 けれど今回は街道沿いに進んでもどのような状況になっているか不明なので、対応力の弱い低ランクに任せるのは避けたいらしい。


「なるほど、状況はわかりました。

 引き受けるのは構いませんよ」


アキヒサはニールにそう告げる。

 自分たちにはこの鞄があるので、荷物が嵩張らないため早く移動できる。

 こうした仕事にはまさにうってつけだろう。


「そう仰っていただけると助かります」


アキヒサの答えに、ニールがホッとした顔をした。

 というわけで、ゴルドー山の麓の村まで行くこととなったアキヒサたちは、できるだけ早く出立してほしいということなので、出立日を明日にした。

 補給物資は街の兵士が管理しているらしく、街門での受け渡しとなるそうだ。


 ――となると僕らが今日の内にやることは、自分たちの旅の準備というわけか。


「レイ、そんなわけだから、今日の魔物退治はナシにして、買い物をしようか」


「まものたいじ、しない」


レイは話の内容はあまりわからないながらも、予定変更になりそうなことを察していたのか、驚くことなく頷いてくれたものの、若干俯いてしょんぼりしているように見える気がする。

 そんなに今日は魔物退治がしたかったのだろうか?


 ――昨日は運動させなかったから、動きたかったのかもな。


「レイ、明日からいっぱい魔物退治ができるから、今日はちょっと待とうな。

 その代わり、買い物をしながら街を散歩しよう」


アキヒサがそう話しかけると、レイが目線だけ上向ける。


「……いっぱい?」


「そう、何日がかりかでのお出かけだから、いっぱい退治し放題だぞ?」


この「いっぱい魔物退治ができる」という言葉が響いたらしく、レイが顔を上げた。


「じゃあ、まつ」


「よぅし、じゃあ今日は買い物な」


そんな風に話がまとまったアキヒサたちの傍らでは。


「おい、このチビ怖くねぇか?」


「いいじゃないですか、将来有望で」


ガイルとニールがそんな会話をしているのが聞こえるが、アキヒサは気にしないことにした。



本日の予定を買い物に変更したアキヒサは、まず食料や生活雑貨などの諸々を見に行く。

 旅は少しでも快適な方がいいし、できれば布団が欲しいところだ。


 ――あ! あとアレも出来ているかな?


 買い出し品をざっと脳内にピックアップしたアキヒサは、まずは今ならまだ朝市でにぎわっている時間帯だろう、市場に向かうことにした。

 肉は十分にあるが、野菜とか果物などが欲しい。

 先日ブリュネから野菜をいくつか貰ったのだが、今回どのくらい日数がかかるかわからないので、多めに持っておきたいのだ。


 ――健康のためにはビタミンが大事だよね。


 というわけで、レイにはシロをしっかり抱えてもらってから市場を歩くが、この辺りは寒冷な土地らしく、葉物野菜などはあるものの、果物はベリー類とアポルの実ばかり。

 日本のスーパーみたいに、色々な果物が揃うというわけにはいかないようだ。

 とりあえず野菜も果物も多めに買って鞄に入れると、次は穀物店だ。

 そちらではライ麦粉と、少々高かったが小麦粉も買ってみた。

 そしてその店の奥で、凄く安い麦を発見したのだが。


「そりゃあ家畜の飼料用さ」


店主にそう言われたアキヒサだったけれど、なんとなく気になって良く見せてもらった。

 するとなんと、それはまさに大麦だった。

 なるほど、確かに日本でも大麦にはそういう需要があった。

 けれど大麦は大麦、これで麦ご飯をゲットできる。


 ――そして、ご飯があれば牛丼が作れる!


「これ、ください!」


「まあ、買いたいっていうなら売るけどよぉ」


意気込んでいるアキヒサに、店主が首を捻りつつもそう応じる。

 変わった客だと思われたようだが、そんなものはご飯の前には些細な問題だ。

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