第80話 レイの癇癪

ブリュネの農園を訪れてしばらく、アキヒサたちはニケロの街周辺での狩りに精を出していた。

 というのも冒険者ギルドで調べた結果、やはり街周辺の狩場とされる場所では、魔物の群れが相次いで目撃されていたのだ。

 ギルドとしてはこれはなにが原因なのかと、ゴルドー山への調査隊派遣を急いでいるようだ。

 これでまたもや初心者が行ける現場が減ってしまい、冒険者ギルドには連日初心者たちが苦情を言い立てる姿が目撃されている。

 そしてアキヒサたちはというと、なにかの切っ掛けで群れている魔物が暴走しては危ないというとこで、ニールから群れている魔物の間引きを連日依頼されている。

 アキヒサとしては、宿への滞在費などは十分稼げていることだし、あまりあくせく働くこともないかと思う。


 ――けどなぁ、ニールさんが大変そうなのを見ると、つい「やりましょうか?」って言っちゃうんだよねぇ。


 悲しいかな、社畜根性が抜けきれないアキヒサであった。

 けれどさすがに、三歳児を連日仕事へ付き合わせるのはどうなんだろう? という気になっていたりする。

 子供の育成環境としてはイカンだろう、と自問するわけだ。

 そんなわけでアキヒサは、ある日レイにこう切り出してみた。


「ねえレイ、毎日お仕事ばっかりだと疲れるよな?

 だから今日は僕一人でお仕事に行こうかと思ったんだ。

 レイはシロと宿でお留守番……宿で遊んで待っておくかい?」


「……」


アキヒサができるだけ穏やかに話しかけると、レイは最初無反応だった。

 けどだんだんと表情が変わっていき、最後にはこの世の終わりのような顔になり。


「いやー! レイもいくー!」


大音響で叫び、地団太を踏んで泣き出した。


「え!?」


いつも超絶無口無表情のレイが、まさにギャン泣き体勢であることに、アキヒサは一瞬あっけにとられる。


「レイ!? ちょっと!?」


そして「これはマズい」と思って宥めようとするものの、アキヒサはこんなに激しく泣くレイなんて初めてで、一人でオロオロとするばかり。

 しまいにはシロまで釣られたように「きゃんきゃん!」と吠え始める始末。


「いくのー!」


「わかった、わかったよレイ」


叫び続けるレイを、アキヒサはとりあえず抱き上げ、トントンと背中を叩いて落ち着かせようと試みていると。


「どうかしましたか!?」


するとそこに、宿の女将さんであるリーゼがやってきた。

 どうやらレイの泣き叫ぶ声は一階にまで聞こえたようだ。


「すみませんお騒がせして、実は……」


こうなった経緯をかくかくしかじかと説明すると、リーゼは困ったような顔をした。


「アキヒサさんの気持ちは分かりますし、私としては可愛いレイちゃんを日中私たち夫婦で預かりたいくらいですけど。

 本人が行きたいと言うのだし、こんなに泣いているのを無理に宿に留めるのは可哀想よ」


「まさに、今そう思っています。

 まさかこんなに泣かれるとは思わなくって」


アキヒサがそうリーゼと話す間も、レイは叫ぶのは止めたものの、グズグズと鼻水を鳴らしながら「いくんだもん」と呟いていて、宿へ置いてけぼりに断固反対の姿勢を示している。


 ――僕は幼児に社畜生活を強いるなんて事態を避けたかっただけなんだけど……。


 レイからすると「置いて行かれる」という喪失感の方が強かったようだ。

 もしかしてこれは、最初に読んだあの育児書にあった「保護者のエナジーが云々」という話に関係があるのかもしれない。

 保護者と離されることへの拒否感が強いのだろうか?

 いや、それに加えて、よく考えなくてもアキヒサはレイの唯一の保護者なのだ。

 普段無口だからつい聞き分けがいいと勘違いしてしまうが、精神年齢0歳児である。

 保護者と離れるなんてことが、不安じゃないわけないのだ。


「そうだねレイ、ごめんね変な事を言っちゃって。

 今まで通りに一緒にお仕事しよう」


「……ん」


アキヒサがレイを抱き上げて目線を合わせてそう言うと、レイは涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔でコックリと頷いた。

 まあレイが疲れたら休んでピクニックに変更すればいいのだし、そう神経質になることもなかったのかもしれない。

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