第52話 レイVSブリュネ

「はじめ!」


ブリュネが合図を発した瞬間。


「……」


レイが無言で地面を蹴ったかと思えば姿を消し、気が付けばブリュネの真横にいた。


「速ぇ!?」


野次馬から驚愕の声が上がる。

その体勢から繰り出されるレイの蹴りを、ブリュネが木剣で受け止める。


 ――おお反応している、凄い!


 でも木剣が折れないので、レイも一応手加減をしたらしくてホッとする。

 一方でレイは木剣を足掛かりにして、さらに高く跳躍する。

 どうやら狙うは頭らしい。

 レイは身体が小さいから、身長差から的を絞らないと狙うのが難しいのだろう。

 確実にダメージを与えようと思ったら、自然と防御が難しい頭狙いになるようだ。

 しかしそれも躱されて、レイは一旦ブリュネから距離をとって着地する。


「こんな子どもなのに、なんて重い蹴りなのかしら」


ブリュネが木剣を握り直しながらそう零すが、アキヒサからはレイが魔物相手の時と違って、威力を抑えているのがわかる。

 しかしそれからは、両者のまるでバトル漫画のような応酬が続く。

 レイから繰り出される蹴りや拳を、ブリュネが受け止める。

 ブリュネからは攻撃しないのは、これがあくまでレイのお試しの試合だからだろうか?


 ――受け止めるので精一杯、とかじゃないよな?


 なにせレイはビックベアやイビルボアを一撃で仕留める幼児だ。

 それが生身の人相手に力が向かうとなると、けっこうな圧を感じるのではないだろうか?

 例えるならば、人が突然熊の前に放り出されると、硬直して動けなくなるような感じで。

 だからレイが力を加減しているとはいえ、受け止めるブリュネだって凄いのだと思う。

 アキヒサがそんなことを考えながら、まるで残像が見えそうな両者の対決を眺めていると。


「面白いじゃないの、この子!」


なんと、ブリュネが剣を捨てた。

 そしてアキヒサから見えた。レイのいつも動かない表情が、微かに笑ったのが。


 ――あ、ヤバい、なんかスイッチが入った気がする!


 鬼神スキルの本気は、下手したらこの場にいる全員に被害が出かねない。


「待ってレイ、そこまで!

 えっとあっと、『氷結』っ!」


アキヒサはレイが地面を蹴る直前にとっさに唱え、かろうじて間に合った魔術でレイの足元を凍らせた。

 その直後、雷の魔術の時よりも強い脱力感に襲われる。

 どうやら凍らせる魔術は、かなり魔力を使うようだ。

 レイはしばしもがいていたが、やがて動くのを止め。


「……うごかない」


そう言ってアキヒサを見たレイは、いつものレイだった。


 ――よかった! レイがすぐにクールダウンしてくれた!


 多分レイが本気なら、この足の氷だって砕きそうな気がする。

 アキヒサはダルい身体をなんとか動かし、レイに近付いて話しかけた。


「レイ、今本気でブリュネさんに止めを刺しに行こうとしなかったか?

 それはダメだって説明しただろう。

 そういうのを反則って言うんだぞ?

 これは試合だから、反則したら負けだ」


「……!」


アキヒサの説明に、レイが「ビックリ!」という顔をする。


「レイ、負けを素直に認めるのが、試合の決まりなんだよ」


アキヒサがそう告げると、レイはしょんぼりして頷き。


「……まけ」


そう言った。

 レイの初の負けである。

 でも負けることで得ることもあるわけで、これもいい経験なはず。

 そうなると、この試合を提案してくれたブリュネに感謝だ。

 そのブリュネはというと、呆気にとられた顔をしている。


「……なんなの、これは」


ブリュネの呟きに、アキヒサはどうするかと悩む。


 ――そうだよな、レイの本気を知らないと、僕が勝手をしたってことになるもんな。


「すみません割り込んでしまって。

 この子に良くない兆候が出たもので……」


「それはどうでもいいのよ!

 その氷は一体なんなのよ!?

 どっから出したの?

 アナタってば奇術師?」


アキヒサの謝罪に、しかしブリュネの指摘したのは違うことで。


 ――え、こっち!?


 どうやらアキヒサの魔術に問題があったらしい。

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