第51話 遊ぼう

「レイとブリュネさんが、試合ですか?」


アキヒサも驚いた声を出すと、話をまるで他人事みたいな顔で聞きつつ、シロと一緒にお菓子をモグモグしていた当のレイが、お菓子を頬張ったまま顔を上げる。


 ――レイ、もうちょっと口に入れる量を加減しようか、リスの頬袋みたいになっているから。


 アキヒサはお菓子のカスをたくさんつけているレイの口元を拭ってやる。

 このレイを、人と戦わせるということは不安でしかない。

 さっきの酔っ払い相手もそうだったが、人相手の戦い方を知っているようには思えない。

 なにせいきなりトドメを刺しに行くくらいだ。

 しかしブリュネさんはやる気のようである。


「大丈夫よぉ、ワタシだってこんな子相手に本気出したりしないわ。

 ちょっとどのくらい動けるのか見るだけよ」


「ですがね」


「いやぁ……」


この意見に、男とアキヒサは渋い顔をする。

 彼とアキヒサとは考えていることが真反対だろうけれども。

 そんなアキヒサたちの反応を横目に、ブリュネはソファから立ち上がり、レイの傍へ行くと膝をつく。


「ねえボウヤ、レイちゃんっていうのね。

 アタシとちょっと遊ばない?」


「あそぶ?」


レイが不思議そうにするのに、ブリュネが「そうよぉ」と続ける。


「戦いごっこをして、倒れた方が負けなの。

 楽しく遊ぶのよ」


レイはブリュネさんの言葉を聞いて、アキヒサの方を見ると。


「あそぶ?」


再びそう言って首を傾げる。


 ――ああ、遊ぶという行為がわからないのか。


 確かに、「これは遊びだ」と断って遊ばせたことはなかったかもしれない。

 アキヒサはどう言ったものかと考えながら、説明する。


「えっと、リンク村でベルちゃんとたまに追いかけっこして楽しんだだろう?

 ああいうのをやろうってさ。

 楽しくするのが遊びだから、相手を泣かしたりしちゃダメなんだよ?」


「ないちゃダメ」


レイが「わかったぞ」と言いたげにコックリと頷くが、本当にわかっているのか不安だ。


「じゃあ決まりね!」


レイの反応を了解と受け取ったブリュネが、嬉しそうに立ち上がる。

 というわけで、レイとブリュネが試合をすることとなった。


 ――え、マジで?



というわけで部屋から移動した。

 現在いるのは、冒険者ギルドの裏にある、冒険者たちが訓練のために使う広場になっている場所だった。

 そこに並び立つブリュネと、幼児のレイ。


「なんだなんだ」


「今からなにが始まるんだ?」


訓練場を使っていた冒険者たちが、手を止めて野次馬となって群がる。

 そんな中でアキヒサはレイの傍にしゃがみ、小声でくれぐれも言い聞かせている最中だった。


「いいかい? レイ。

 今からやるのは試合っていうので、トドメを刺しちゃダメなんだからな?

 ブリュネさんはレイがどんな子で、どんな風に動くのかを知りたいんだって。

 だから魔物とかにするみたいに全力で殴ったり蹴ったり、いきなり息の根を止めにいったらダメ、わかる?」


戦いを始めるとレイにアキヒサの声が届くのかわからないので、こうしてブリュネは「敵」ではないのだと何度も話しているのだ。

 ブリュネがどれだけ強いのか未知数だが、レイは鬼神スキルMAXの生体兵器なのだ。

 レイが本気を出したら、ブリュネの人生が終わる可能性が高い。


「あそぶ」


アキヒサの心配に、しかしレイは「わかっているとも」という顔で頼もしい頷きを返すが、それが逆に不安だ。

 アキヒサの「遊び」とレイの「遊び」は、本当に同じ認識なのだろうか?


「そろそろいいかしらぁ?」


アキヒサの尽きない心配なんて知るなずのないブリュネから、そう声をかけられた。


「大丈夫よぉ、ワタシだって子どもをイジメる趣味はないから」


そう言ってカラリと笑うブリュネさん。


 ――こうなったら、レイを信じるしかないか。


「レイ、『楽しく』だからね」


最後の念押しに再びコックリと頷くレイから、アキヒサは離れた。

 そして改めてブリュネを見ると、手に持っているのは木剣だ。

 ブリュネの戦闘スキルの中では剣が一番低いのだが、それは本気でやらないという現れなのかと推測する。


「じゃあいくわよ」


ブリュネさんがそう言うと、軽く木剣を構えた。

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