第48話 綺麗なオネェさんは好きですか?

 それにしても、この頭に血が昇っている酔っ払いの男をどうすればいいのか?


 ――魔術でなにかいい手があるか?


 アキヒサはちょっと考えてみるが、まだそれほど魔術の技を試していないし、いきなりの人体実験はさすがに怖い。

 けれど早く手を打たないと、今度こそレイが本気で攻撃してしまいそうだ。

 こうして、アキヒサは最善の手を思案していると。


「なぁにをしているのかしらね、全く」


カウンターの奥から、静かな声が響いた。

 静かだけれど、よく通る声だ。

 そして言葉面だと女言葉なんだが、声がちょっと違和感がある。

 ハスキーな女の人の声にしては、ドスがきいているというか、野太いというか……。


「あ、ギルドマスター」


カウンターに並んでいた受付の一人が、ホッとしたように呼びかけると、その人は「はぁ」とため息を吐く。


「おおまかな状況の察しはつくのだけれど。

 酒に酔っ払っての仕事は禁止よ、そこのアンタは出直してらっしゃい」


そうぴしゃりと言うのは、ゴージャスな長い金髪を綺麗に巻いた、セクシーな女物の服を着た人だった。

 ……こうして微妙に遠回りな表現になるのには理由がある。

 その人は綺麗に化粧をしている美人には違いないのだけれども、体格は筋肉ムキムキで、喉仏があって、明らかに男の人なのである。


 ――あれだ、オネェさんな人!


 これ以外に、アキヒサには表現のしようがなかった。

 まさかの異世界マイノリティとの邂逅である。

 レイは初めて見るセクシー衣装が気になるのか、シロと一緒にオネェさんを観察の体勢である。

 こんな風に、ちょっと気が抜けてしまったアキヒサたちだったが、全く気が抜けない者もいた。


「なんだとぉ!?

 俺に出来ねぇっていうのか!?」


オネェさんの至極もっともな意見に、酔っ払い男が噛みつく。


「出来る出来ないではなくて、ルールの問題よ」


オネェさんは正論を突きつけるが、これに酔っ払いはさらにヒートアップしてしまう。


「なんだよ、どいつもこいつも!

 俺はもっとやれるんだ!」


そう叫んで腰の剣に手をかけ、スラリと抜き放つ。


 ――ちょっとちょっと、それはシャレにならないんじゃないか!?


 いきなりの修羅場になりそうな雰囲気に、アキヒサは冷や汗をかく。

 けれどオネェさんは慌てず騒がずの余裕の態度だ。


「朝から煩いのよ、ちょっと酔いを醒ましなさい」


オネェさんがそう言ったかと思ったら、片手を軽く振る。

 すると酔っ払いがカクッと体勢を崩して、床に倒れ伏した。


 ――え、なにが起きたんだ?


 アキヒサには今あったことがさっぱり分からなかったのだが、レイがトコトコと歩いていって、なにかを拾っている。


「お仕置き部屋に放り込んでおきなさい」


オネェさんの一言で、周囲の冒険者たちがワラワラと動き、酔っ払いを担いでどこかへと運んでいく。


「あの、ありがとうございます」


アキヒサがお礼を言ってペコリを頭を下げると、オネェさんは朗らかな顔で「いいのよぉ」と微笑む。


「あのコはここのところ問題ばっかり起こしていてね。

 むしろこちらの対応が後手に回ったせいで、迷惑をかけちゃって御免なさいね」


そう話しながらカウンターから出て来たオネェさんに、レイがなにかを持って近付く。


「……あい」


そして手を上に伸ばしてオネェさんに差し出したのは、数本の鉛筆ほどの小ぶりな鉄の棒だった。


「あらありがとう♪

 拾ってくれたなんて、ボウヤはいい子ね」


オネェさんが床に膝をつくと、レイと視線を合わせてその鉄の棒を受け取る。


 ――この人はもしかして、あれを投げて酔っ払いを無力化したのか?


 あのなんでもなさそうなただの鉄の棒をだ。

 なんという攻撃だろうと、驚愕するアキヒサの一方で。


「一瞬すんごい殺気を感じたから何事かと思ったんだけど、ははぁ、なるほどねぇ」


そう語りながらレイの頭を撫でるオネェさん。


 ――あ、ヤバい。もしかして殺気って、レイのあの攻撃のことなのか?


 アキヒサにはその気配はさっぱり分からないのだが、歴戦の強者的な人にはわかるものなのかもしれない。

 このギルドマスターとは、どんな人なんだろう?


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名 前 ブリュノルド・マーク(人族)

性 別 男性

年 齢 37歳

職 業 冒険者ギルドニケロ支部・マスター

レベル 63

スキル 剣術レベル35 気配察知レベル25 投擲レベル39 格闘レベル43 園芸レベル58

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