第35話 出立!
それから、翌朝。
起きたら珍しく恒例のレイの顔どアップがなかった。
どうしたのか? と視線で探ると、レイはベッド横の小さなテーブルに置いてある植木鉢をじぃーっと見ていた。
植木鉢の中身は、ベルちゃんに貰ったあの薄紫色の花だ。
昨日のあの後、女将さんからいらない植木鉢を貰って植えたのである。
森の中に咲く花なので、あまり日当たりが良すぎるのはよくないと猟師に聞いて、窓から離れた場所に置いていたのだ。
「おはようレイ」
アキヒサが話しかけると、レイはチラッと振り向いて「おはよ」と返すと、また花の方に視線を戻す。
この花はユーリルの花というらしく、高価な薬草の元になるものだが、この花だけでも治癒効果があるのだそうだ。
ユーリルの花は村の近くで栽培することもできるそうだが、何故か効能が落ちてしまうらしい。
森の環境が大事なのだろうということで、森での採取が取得手段となっているという。
けれどこの花を森の外で同じように生育させることを、現在様々な人たちが研究しているそうだ。
そんな貴重な花を、ベルちゃんはレイにくれたわけだ。
「レイが初めて貰ったプレゼントだし、大事にしような」
「……」
アキヒサがそう話しかけると、レイがコックリと頷く。
――思いやりっていうのは、こういうことの繰り返しだもんなぁ。
これをきっかけに、レイの中に思いやりが生まれたことを願いたいものだ。
しかしいつまでも花を見つめているわけにもいかない。
アキヒサとレイは朝の支度をして朝食を食べ、現在リンク村の入り口にいた。
この場には旅立つアキヒサらの見送りのために、雑貨屋の店主に木工工房の親方、「森のそよ風亭」の親子、他食堂で交流のあった村人が見送りに来てくれた。
「短い間ですが、皆さんにはお世話になりました」
見送りの皆に向かって、アキヒサは頭を下げる。
「また寄っとくれ、サービスするからさ」
これに女将さんがそう言ってカラリと笑う。
その女将さんのスカートに、ベルちゃんがしがみついている。
アキヒサは腰をかがめて、ベルちゃんと目を合わせる。
「ベルちゃん、貰ったお花は大事にするね」
「大事にしちゃダメ! ちゃんと使ってね!」
笑いかけるアキヒサに、しかしベルちゃんが真面目な顔で言った。
植木鉢は、失くさないようにちゃんと鞄に入れてある。
あのテント住宅の庭に植えてもいいだろうが、まずはあの庭が植物を育てられる環境かを調べなければならないだろう。
なにか適当な薬草でも植えて、実験してみたいものだ。
それはともかくとして。
こうして短い滞在だったが思い出がそれなりにできて、名残惜しい気持ちになるが、気持ちにキリを付けて旅立つことにする。
「それでは皆さん、お元気で!」
「兄ちゃんも、達者でな!」
手を振って手をつないで歩き出すアキヒサとレイに、見送りの皆も手を振ってくれる。
そして、リンク村を出てゆっくりと遠ざかって歩いていると。
「レイちゃーん、また来てね!」
ベルちゃんの声がした。
「……」
後ろを振り向いたレイが、戸惑うようにアキヒサを見上げる。
そんなレイを安心させようと、アキヒサは微笑みかけた。
「レイ、また機会があったらここに戻ってこようか。
これが永遠の別れじゃないんだから、何度だってリンク村に来ればいいんだし」
アキヒサは「難しいかな?」と思いつつ、レイにそう語りかける。
するとコックリと頷いたレイは、ベルちゃんに向かって小さな手を振った。
「またね」
そんな小さな呟きのような声が、果たしてベルちゃんに届いたたかどうか。
「レイちゃーん!」
でも、笑顔で手を振るベルちゃんを見ていると、きっと通じた気がした。
アキヒサはレイと一緒に、ほっこりとした気分でリンク村を後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます