第34話 初めてのプレゼント

 声が魔物を呼び寄せそうだが、それよりもレイの威圧感の方が強いのか、むしろ魔物が遠ざかっていく。


「ベルちゃん、怪我とかしてない?」


アキヒサが尋ねると、ベルちゃんはブンブンと首を横に振ってから、懸命に話す。


「あのっ、とちゅうから、道、わかんなくなってっ!

 だんだんくらくなってっ!

 でも動いちゃダメだって思ってっ!」


どうやら森の中で帰り道が分からなくなったうちに、暗くなってしまったようだ。

 ベルちゃんの反応はここから一歩も動かなかった。

 森で迷った時の行動を、ちゃんと教えられているのだろう。


「うんうん、こんなところで一人、怖かったね。

 でも大きな声を出したら魔物が来ちゃうって思って、頑張って静かにして、助けが来るのを待ってたんだよね?

 もう大丈夫だから、お家に帰ろう?」


ベルちゃんは涙でびしょ濡れになった顔で、コクコクと頷いた。

 しかしベルちゃんは安心したら身体に力が入らなくなったようで、立って歩けそうにない。

 アキヒサはレイをコートに引っ付け、ベルちゃんを抱き上げて、村へと戻ることにした。


 ――うーん、日本にいた頃は十歳の子どもを抱き上げて歩くなんて体力、なかったはずだけど。


 コンピューターが造ったというこの身体のスペックに驚くばかりだ。

 それにしても、ベルちゃんは一体どんな用事で森まで来たのだろうか?


「ベルちゃん、どうして一人で森に来ちゃったの?」


アキヒサは歩きながら叱る口調にならないように、努めて静かに尋ねる。

 子どもは一見無茶に見えることをしていても、ちゃんと理由があるものだ。

 それが、大人にとってはくだらない理由だったとしても。

 かくいうアキヒサも昔、似たような経験があるし、施設の子どもたちもそうだった。

 ベルちゃんはグズグズと鼻を鳴らしながら、語り出す。


「アキヒサお兄ちゃんとレイちゃん、明日行っちゃうんでしょう?」


そう言ってベルちゃんは、ずっと握っていたものをアキヒサの肩越しに突き出した。

 アキヒサが視界の端に見たそれは、綺麗な薄紫色の花だ。根っこごと引っこ抜いたのか、土がついている。


「あのね、このお花、この森にしか咲かないお花なの。

 怪我なんかをあっという間に治す薬が作れるんだって、旅の人が言ってた。

 だから、レイちゃんに持っていってもらおうと思って」

ベルちゃんの話に、アキヒサは胸が温かくなる。


 ――そうか、ベルちゃんは小さなレイの旅の安全を願って、ここまでこの花を採りにきたのか。


 きっと子どもの足でここまで来るのは、大変だっただろうに。

 アキヒサは立ち止まり、ベルちゃんを地面に降ろすと、レイと向き合うように立たせた。


「レイ、ベルちゃんがとっても素敵なプレゼントを用意してくれたんだって」


アキヒサがそう言ってベルちゃんの背中を軽く押すと、ベルちゃんがレイに向かってあの花を差し出した。


「コレ、レイちゃんにあげる。

 レイちゃんが怪我をしちゃ嫌だけど、もし怪我しちゃってもコレで治してね」


ベルちゃんの言葉に、レイがきょとんとした顔をしている。

 そんなレイの小さな手に、ベルちゃんが根っこが付いたままの花をそっと乗せた。

 するとレイは、握りつぶしてしまわないように、恐る恐ると言った様子で握る。

 どうすることもできず固まっているレイに、アキヒサは尋ねた。


「レイ、こういう時になんて言うのか、わかるかな?」


レイはアキヒサを見て、ベルちゃんを見たら、やがて口を開く。


「……ありがとう」


アキヒサは「よくできました」という気持ちを込めて、レイの頭を優しく撫でて、ベルちゃんを抱きしめた。



それから村へ戻ると、森から戻って来たベルちゃんに、探していた村人たちが驚いていた。

 すぐに知らせが走り、「森のそよ風亭」の前では女将さんと旦那さん、そしてベルちゃんを捜索していた村人たちが待っている。


「おかあさぁぁん! おとうさぁぁん!」


ベルちゃんが一直線に両親の元へ駆けていく。


「ベル! どこに行っていたんだい!?

 心配させてこの娘はもう……!」


泣き笑いの顔で叱る女将さんの傍らで、旦那さんがアキヒサに向かって深々と頭を下げる。


「兄ちゃんが見つけてくれたんだってな。

 ありがとうよ、本当に。

 しっかし、ベルはなんだって森なんかに行ったんだ?」


疑問顔の旦那さんに、アキヒサは事情を伝えた。


「ベルちゃんは、レイにこの花をプレゼントしたくて、森に探しに行ったんだそうです。

 でも迷子になって、帰り道がわからなくなったって」


この話を聞いてレイが握ったままの花を見た一同は、「なるほど」といった顔をする。


「俺らに言ってくれりゃあ、一緒に探しに行ったのによぅ」


ベルちゃんを探していた村人の一人が、なんとも言えない顔をする。

 ベルちゃんはきっと内緒で探して、アキヒサとレイをビックリさせたかったんだろう。

 もちろん、危ないことを叱るのは必要だが、ベルちゃんの行動を全否定することはできないし、という悩ましい心境だろう。

 ともあれ、こうしてベルちゃん行方不明事件は幕を下ろした

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