第24話 宿屋にて

アキヒサは親方が何故このような事を聞くのかと思いながら、「いいえ」と答える。


「特に目的があるわけじゃないですね。

 こっちのレイに色んなものを見せながら、あちらこちらをゆっくりブラブラしてまわろうかと考えてます」


レイの頭を撫でながら、アキヒサはそう話す。

 アキヒサはレイをヤンチャでヒャッハーな性格に育てないために、色々な場所で色々な人と出会って、色々な経験をさせてあげたいのだ。それが世のため人のためアキヒサのためである。

 こうしたアキヒサの決意表明のようなものに、親方が軽く頷く。


「なるほど、つまりは急ぐ理由はないんだな。

 だったらよ、仕事を頼まれてくれねぇか?」


親方の言葉に、アキヒサはピンと来た。


「……もしかして、大木の運搬ですか?」


これに、親方は「勘がいいなぁ」と頷く。


「その通りだ。言ったろう、コレを人力で運べば一苦労だと。

 そこに兄ちゃんのその妖精の鞄なら、これだけの大木を一人で一度に運べるんだ。

 手間と苦労が省けるじゃねぇか」


確かにアキヒサ一人で事足りるなら、これほど楽なことはない。

 この世界にアキヒサ自身が慣れるため、そしてレイが人とのコミュニケーションに慣れるために、しばらくこの村に滞在するのもいいかもしれない。

 それにそもそも、この大木置き去りの件はアキヒサが原因なことだし、片付けに貢献するべきだろうとも思う。


「わかりました、引き受けます」


というわけで、木工工房で仕事を引き受けることとになった後、ようやく宿屋へと向かった。

 村に一軒だけの宿屋「森のそよ風亭」は、二階建ての可愛らしい外観だった。

 内装もアットホームで、ホッとする場所である。


「あの、宿泊したいんですけど」


「いらっしゃい、何泊するんだい?」


アキヒサが受付にいた宿屋の女将さんらしき人に声をかけると、そう尋ねられる。


 ――うーん、どのくらいになるかなぁ?


 引き受けた仕事の件がなくても、いい雰囲気の村みたいだし、お金も余裕ができたし、ゆっくりしていくのもいい気がする。


「とりあえず三泊で。

 たぶんもっと逗留する気がしますけど」


「はいよ、じゃあ先に三泊分だね。

 部屋はどうする?

 二部屋でも空いてはいるけど?」


続いてそう聞かれ、アキヒサは考える。

 レイはまだ小さいから、同じベッドで十分寝れる。

 三歳児ならば早ければもう一人寝ができる頃かもしれないが、なにせレイは精神年齢0歳児だ。

 育児書にも「夜は添い寝をしてあげましょう」とあったし、あのカプセルの中から外に出たばかりなので、傍で様子を見ていてあげたい。

 それに気になるのが、育児書にあった「保護者のエナジーチャージが云々」という項目だ。

 あれは初回の起動条件のようだったが、もしかして活動するのにこの「保護者エナジー」とやらが一定量必要な可能性もある。

 この「保護者のエナジーチャージ」がレイが幼児だから必要なのか、それとも生体兵器は誰しも必要なのか、そのあたりの情報が欲しいところだ。

 そう考えたのはほんの数秒だったと思うが、コートが引っぱられるので下を見れば、レイが裾をギューッと握りしめていた。

 なんとなくだが、無表情の中でも不安そうな眉の形に見えなくもない。


「あの、一人部屋でいいです」


アキヒサがそう答えて隣のレイの頭を撫でると、レイは微かにホッとするような顔をした気がする。


「その子と一緒に寝るなら、枕は余計に入れとこうかね」


「助かります」


気を利かせてくれた女将さんに、アキヒサはペコリと頭を下げる。

 こうして無事に宿をとれたら、早速女将さんに部屋へ案内された。


「ここだよ」


女将さんがカギを開けてくれたので、アキヒサはレイを促して中に入る。


「レイ、しばらくここでお泊りだよ」


そう話しかけながら、まずは窓辺に行ってみる。

 村の景色が一望できて見晴らしがよくて、これはいい部屋だ。レイは窓からの景色が珍しいのか、じーっと見ている。


「食事は朝はついているが、昼と夜は別だよ。

 下の食堂で食べるなら、カギを見せてくれれば割引するからね」


そう説明する女将さんは他にもトイレの場所、湯を使いたい場合など、細々としたことを教えた後、部屋から出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る