第19話 妖精の悪戯
けれどきっかけはどうあれ、レイが感情を表すようになったのは成長の表れだろう。
そう、食い意地だって立派な成長なのだ。
アキヒサは成長祝いの気持ちを込めて、レイの皿にベラの実を一個置いてやる。
レイはアキヒサとベラの実を交互に見てくるので、頷いてやるとパクリとベラの実を頬張った。
大粒だったため、小さな口で一生懸命モグモグしている。
――うんうん、たくさん食べて大きくなろうな。
そんな感じでレイの意識がベラの実に逸れたところで、ガイルに飲み物のタイム茶も付けて、再度食べるように促した。
「じゃあ、ありがたく頂こうか」
ガイルはフォークにパンケーキを刺すと、豪快に一口で頬張った。
そして本当に味わっているのか? と言いたくなる速さでパンケーキを飲み込み、タイム茶をあおる。
「美味い! 俺がさっき食べた、黒パンに水だけの朝メシとは大違いだ!」
「褒めてもらえて光栄です」
ガイルの言い方に、アキヒサはお礼を言いながらも苦笑する。
黒パンというのはライ麦パンのことで、アキヒサも日本で食べたことがあるが、少々酸味があってとにかく硬い。
食パンに慣れた口には石のように感じたものだ。
あれと比べたら、確かにこのパンケーキは大違いだろう。
というか、もしかしてこの辺りでは黒パン文化なのだろうか?
それともガイルが冒険者だから、日持ちのいい黒パンを持っていただけなのか。
これは人里に行けたら要チェック事項だ。
なにせ食事の質に係わる問題なのだから。
そんな風に、アキヒサの思考がパンの種類に飛んでいると。
「ところで、ここいらでなんか変わったこととかなかったか?」
「……変わったこと?」
急にそんな話を振られ、アキヒサは嫌な予感がしつつもポーカーフェイスに努める。
ガイルはアキヒサの様子を気にした風でもなく、話を続けた。
「おう、ここの森で急に一直線に木が切り倒されただろう?
近くの村から情報が入って、何事かってんで俺が調査に駆り出されたわけだ」
アキヒサは薄々ながら「そうだろうな」と思っていた。
やはりこの倒木の道は異常事態と見なされるだろう。
そしてこのカマイタチは村近くまで行ってしまったのか?
「それは、僕もちょっとわかりませんね。
それで、村に被害とかは?」
アキヒサは知らない風に返しつつ、村への被害を聞く。
これに、ガイルはさして深刻ではない表情で返す。
「いや、ないみたいだぞ?
しいていえば家畜が興奮して暴れたくらいか。
その前にも、奥でやたらと光って轟音が響くっていう現象があっただろう?
『何事か!?』ってなもんで、俺がちょいと調査に向かうことになったんだよ」
「そうなんですね、お疲れ様です」
アキヒサは村に被害がなさそうなことにホッとしつつ、話の内容自体はスルーして、お茶のお代わりを淹れる。
そのお茶を飲みながら、ガイルが話す。
「だが今のところ、木が倒れている以外は特になんにも異常がないし。
魔物が妙に落ち着かないことと言い、こりゃあ『妖精の悪戯』っぽいな」
「なんですか、妖精の悪戯?」
ガイルの口から出るファンシーな響きな言葉に、アキヒサは思わず尋ねる。
これに、ガイルの方が驚いていた。
「あ? 聞いたことがねぇか?
意味の分からん現象のことを、このあたりじゃあ『妖精の悪戯』って言うんだ」
「へぇ~、そうなんですねぇ」
アキヒサは感心する。それは今のアキヒサにとって有り難い言葉があったものだ。
「なるほど、妖精の悪戯ですか。言い得て妙ですねぇ」
アキヒサは「フフフ」と笑ってタイム茶を一口飲む。
その間レイはというと、パンケーキをガイルにとられまいと一生懸命に食べていた。
こうしてガイルとの交流で、アキヒサが目指す村の名前も聞けた。
この謎現象を依頼したのがリンク村で、この倒木の道を真っ直ぐ行った先だそうだ。
ガイルのようにこの倒木の道から逸れさえしなければ、迷わないらしい。
「俺ももう引き返そうと思っていたところだ。
これ以上奥はヌシのテリトリーに入るんで、進むのは危険だからな」
「そうなんですか?」
――そんなのがいたのか? 僕ら、そっちから来たんだけどなぁ?
そんなヌシっぽいのとは、今のところ遭遇していないと思うのだけれども。
実はアキヒサの異世界初日に覚醒前のレイにワンパンで飛ばされたデカいトカゲが、ヌシなのだが、一瞬で退場した相手の事を、アキヒサはもう忘れていた。
あの時は怖い思いをしたのは確かなのだが、なにせあのトカゲよりも、その後の危機であったあの朝からお騒がせ男の方が記憶に焼き付いているのだ。
それはともかくとして、ガイルがパンケーキをごちそうになったお礼として、リンク村へ連れて行ってくれることとなった。
村へは自力でもたどり着けるのだが、田舎の方だと知らない人を警戒することもあることだし、村によく出入りしている人の案内があるのは助かる。
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