第7話 嵐のような男
「……は?」
アキヒサは呆けた声を漏らす。
声からすると若い男だが、何故かスピーカーで叫ばれているみたいに、家の中にまで聞こえてくる。
それに、まるでテレビドラマで見る警察が犯人に投降を促す台詞みたいだ。
――いや、僕はなにも悪いことなんてしていないからな!?
異世界生活二日目で、しかも森の中で爆睡しただけなのに、悪事なんて働きようがない。
「そこにいるのはわかっている。
全く、この私にどれだけ探させたと思っている、手こずらせやがって」
しかもかなり気が短いようで、口調がちょっとイラっとしている感じである。
自分は、繰り返すが異世界二日目にして、一体なにに巻き込まれているんだろうか?
謎に思いながらそうっと窓越しに外を覗くと、そこに誰かが立っていた。
「うぎゃぁぁあ!?」
急に出現したその誰かに驚いたアキヒサは、思わず悲鳴を上げて後ずさる。
フードを目深に被って顔が見えない状態で立っているのが、まるで幽霊みたいに見えたのだ。
「なにを驚くことがある?
もっと恐ろしい存在を抱いていながら」
その誰かは、上空にいた声の主だったようで、そう言って不審そうに首を捻った。
――急に目の前に出現されたら、怖いんだよっ!?
どうやら小心者の心理を理解しない相手のようだ。
「とにかく、ソイツをよこせ、見つけた今度こそ確実に処分する。
ソレは存在するだけで罪悪だ」
さらには、こちらを指さしてわけがわからないことを言ってくる。
ソイツとは、もしかしてアキヒサの前で抱っこ紐のなかに大人しく収まっている幼児のことを言っているのだろうか?
しかも「罪悪」だとか、わけがわからない。
――いや、あのデカいトカゲをワンパンはヤバかったけどさ。
もしかして、あのトカゲが飛んでいった先で巻き込まれて事故ったとかかもしれない。
けどその場合、責任は誰にあるのか?
保護者であるらしい自分だろうか?
アキヒサが色々と考えていると、男はこちらの反応の鈍さにイラっとしたらしい。
「お前、どういう経緯でソイツを手に入れたのか知らないが、ソイツをただの子どもだと思っていたら大間違いだ。
最凶最悪の生体兵器だぞ、とっとと捨てろ。
この私が処分してやる」
そうまくし立ててきた。
――なんだよ、その言い方……。
アキヒサはその言い草に、ちょっとムカついた。
「捨てろ」とか「処分」とかは、施設育ちのアキヒサにとっては地雷ワードだ。
捨てられるということがどういうことか、それは赤ん坊の頃に施設の前に捨てられていたアキヒサが、一番良く知っているのだから。
アキヒサは数回深呼吸をして、お腹にぐっと力を入れる。
「そういう非人道的指示は必要ないから、とっととどっかに行ってください。近所迷惑です」
そしてそう言ってやった。
足は恐怖から、ガクガクブルブルに震えているけれども。
「……この私が、わざわざ警告に来てやったものを無下にするというのか、お前は!?」
恫喝するようなその態度が、窓越しでも超怖い。
けどこの男は、「来てやった」などと恩着せがましいことを、誰が望んだというのか?
この子の鑑定結果には、「愛情を注いで育てて上げれば、優しい子に育つでしょう」と書いてあった。
なら、アキヒサが愛情を注いでやれば、優しいいい子に育つはずなのだ。
「アンタにこの子を渡すなんて、絶対に嫌だね。
僕が、あのコンピューターから、この子のことを頼まれたんだから。
僕は、子どもを捨てるような真似はしないんだ!」
――言った、言ってやったぞ!
足どころか全身震えているし、窓越しでも威圧感がハンパないけれども。
男はアキヒサが突っぱねるとは、思っていなかったのか。
「下手に出れば、調子に乗りやがって!」
そう怒鳴り散らすが、この男がいつ下手な態度だったというのか、謎である。
「もういい、お前も諸共に塵になれ!」
そう叫んだ男が眩く光った。
それから、外がやたらとビカビカ光りまくるし、轟音で鼓膜が痛い。
けれど不思議と、轟音以外の被害は今のところない。
素晴らしく頑丈なテント住宅である。
そして男も、どれだけ攻撃してもびくともしないテント住宅に、辟易したようだ。
「くっ、忌々しい『管理者』め!
こんな結界がなければ、もろともに木っ端微塵にしてやるものを!」
そう叫んだ直後、屋敷内に警報音が響く。
――なんだ、今度はなんだ!?
アキヒサがパニックになりかけていると、男が「しまった」と顔をしかめる。
「これだと私が制裁対象に認定されてしまう。
くそぅ、ここは引き下がるか」
そんなことを喚く勝手にやって来た男は、勝手にどこかへ行ってしまった。
そして残されたアキヒサは、幼児を抱えて呆然としている。
「なんだったんだ、朝から……」
まずは、このテント住宅を意味不明だなんて思って、謝りたい。
テント住宅は必要だった。
主に襲撃者対策で!
それにしても、あれは一体誰だったのか?
「あ、誰だったか、鑑定してみればよかったのか」
気付いたものの、今更である。
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