第3話 森、からの

「あいたっ!」

アキヒサは落ちた衝撃が襲った尻の痛さに、思わず悲鳴を上げる。


 ――っていうか、ここってどこだ?


 あのコンピュータの部屋からの転送で追い出された先は、うっそうとした森だった。

 どうやら地面からちょっと上の方へ出てしまったせいで、思いっきり尻を打ったようだ。


「着地をもっと丁寧にしてくれよな、全く……。

 でも、なんか身体が軽いな」


アキヒサが尻を摩りながら立ち上がると、最近慣れっこになっていた肩こり頭痛に全身の倦怠感などが、全く感じられないことに気付く。


 ――身体を造ったって言ってたな。ってことは、健康体を手に入れたってことか!


 データ上だと二十歳に若返っているが、日本で暮らした二十歳の自分よりも身体が軽い気がする。


「ああ、健康って素晴らしい……」


しばし新しい身体に感激していたのだが、ふと傍らを見ると、サービス品である肩掛け鞄と三歳児が一緒に地面に落ちていた。

 鞄はともかくとして、この幼児に服くらい着せてやってもいいだろうに、横着なコンピューターである。


「でも着せるのなんて持ってないし、って鞄に色々入っているって言ってたっけ?」


そのことを思い出したアキヒサは、落ちている鞄を拾おうとした、その時。


 グルゥゥ……


 なにか、すぐ近くで音が聞こえた気がした。

 それも、自宅近所の家が飼っていたゴツい大型犬が、アキヒサが家の前を通るたびに威嚇してくる吠え声よりも、ずっと野太くて腹に響くような、そんな風な音だ。


「……なんだろうな?」


アキヒサはそれが可愛らしい小動物の鳴き声であったらいいな、という願望を抱きながら、そろそろとその音の方に視線をやる。

 すると森の木々の間に見えたのは、トカゲだった。

 茶色い身体は地面や木に紛れそうな同系色だが、いかんせんそのサイズが紛れていない。

 アキヒサよりも大きくて太く、その口からは鋭い牙が覗いていて、トカゲらしからぬ厳つさだ。

 というか、絶対にトカゲではないだろう、アレは。

 そのトカゲっぽくないトカゲが、視線をアキヒサにロックオンしているように見えるのは、気のせいだと思いたい。


「グルァァア!」


……のだけれども、全然気のせいではなかった!


「うわぁ、こっちに来たぁ!?」


早く逃げなければ! と思うアキヒサではあるが、いかんせん恐怖で腰が抜けてしまったようで、生まれたての小鹿のようにプルプルするしかできないでいた。


「ガァッ!」


大口を開いたそのトカゲを前に、アキヒサは「食われる!」と目をギュッと閉じて実を縮こませる。


 ――せっかく異世界で生き直せたのに、速攻で人生が終わるとか、僕ってホントにツイてない……。


 アキヒサがそんな絶望の中で、「どうか食べられるのが痛くありませんように」とあり得ないだろう望みを抱いていると。


「ガッ!?」


何故か、その後の展開がなかなか来ない。

 ガブッという衝撃がないのはどういうことか? とアキヒサは恐る恐る目を開ける。

 そして、その目で見たのは。


「……は?」


 全裸の幼児に、持ち上げられている巨大トカゲの姿であった。

 今、一体なにが起きているのか?

 アキヒサはただ固まっていることしかできない。

 そのアキヒサの目の前にいる幼児は、さっきまでそこいらの地面で寝ていたあの幼児である。

 それが、目を赤く光らせていた。


「≪保護者の危険を察知、対処に移行≫」


その幼児の口から甲高い可愛らしい声ながら、どこか無機質な調子でそんな言葉が告げられたかと思えば、トカゲを軽いアクションで上に投げ、ジャンプすると。


 ドガァァン!


 まるで砲撃のような轟音を立てて、幼児の小さな足が当たったトカゲが、周りの木々をなぎ倒しながら横にものすごい勢いでとんでいく。


 ――はい?


「≪保護者の危険の消滅を察知、臨時モード終了≫」


幼児はそう言って目を閉じると、まるで電池が切れたかのようにその場にパタリと倒れた。

 それから長いところ呆然としていたアキヒサだったが。


「怖っ!? なんなんだ、この世界は!?」


唐突にそう叫ぶ。

 トカゲも怖いが、この幼児も怖い!

 自分はいったいどんな子どもを押し付けられたのか?

 アキヒサはしばらく抜けた腰が復活するまで、一人でブルブルと震えていた。

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