第2話 子どもを押し付けられました

『「全属性魔術」、「鑑定」、「探索」がサービスで付けたもの。

 「精神攻撃耐性」と「料理」はお前が元々持っていたものだな』


コンピューターが説明してくれるけれども、「全属性魔術」というネーミングが、いかにも厨二病っぽい。

 そして年齢が微妙に若返っている。

 アラサーがハタチになってしまった。

 「鑑定」と「探索」というのは置いておくとして。


 ――「精神攻撃耐性」ってあれか? 社畜根性の事を言われているのか?


 それに料理レベル6とは、どのくらいの値なのか?

 他の数値が1かカンストなので、判断がし辛い。

 ちなみにコンピューターが言うには、経験を積むとスキルになるとか。

 そして肝心なのは「異世界人」とあること。

 やっぱりここは異世界だったか、とアキヒサは脱力する。

 色々と情報過多なことに、アキヒサが混乱していると。


『これだけのスキルがあるなら、塔の外へ出てもスキルを育てれば、なんとか生きていけるだろう』


コンピューターがそんなことを言う。


 ――え、これって「なんとか」というレベルだったのか?


 そこは安全のために「確実に」というレベルが欲しいのだけれども。

 アキヒサのジト目に、コンピューターが『仕方なかろう』と応じる。


『本当は「大魔導」の方がいいのだろうが、お前の転送にエネルギーを使い果たしたため、これが精いっぱいだ』


なるほど、容量の問題だったと。

 出し渋ったわけじゃないなら仕方ない。

 むしろないよりは断然いいはずなので、感謝するべきだろう。

 それにここへ転送されなくても、アキヒサはどのみち心臓発作で死んでしまったわけで、生き残る術と一緒に異世界で第二の人生を歩むチャンスを与えられたと思えば、前向きになれる気しなくもない。


 ――今度はあくせく社畜暮らしじゃなくて、のんびりスローライフをしたいなぁ。畑を耕したり魚を釣ったりして、可愛いお嫁さんを貰って幸せに暮らすんだ……。


 アキヒサが妄想に浸っていると。


『ああ、言い忘れたが。

 この塔は機能停止となり、そうなると生命活動が不可能な空間となる。

 早く脱出するといい』


軽い調子でそんなことを言われ、アキヒサはぎょっとする。


「はぁ!? そういうことはもっと早く言ってくれないかな!?」


『仕方ない、今計算してわかったのだ』


飄々と答える、悪びれないコンピューターである。

 しかしそうとなれば、ここで口論する暇も惜しい。

 旅立つにしても、身一つっていうのはどうなんだろう?

 そう言えば自分をよく見ると、見慣れない格好をしている。

 生成りっぽいシャツとズボンに、革のコートにショートブーツ。

 身体を造った時に、服も一緒に作ってくれたのだろうか?

 裸で放り出されなかったのは有り難い。

 アキヒサが装備品を見ていることに気付いたコンピューターが、『そうそう』と告げる。


『ついでのサービスだ。

 この鞄はよく使われている便利な品なので、役に立つだろう。

 中に物資が入っているから、後で確認しろ』


コンピューターがそう言うと、僕の目の前に革の肩掛け鞄がポンと現れた。


「おお、まるで魔法だな! って魔法なのか」


アキヒサは驚いた後で、自分でツッコむ。

 そうなのだ、「全属性魔術」とは、おそらくは魔法使いのことだろう。


 ――ヤバい、今更興奮してきた……。


 遅まきながら、アキヒサがワクワクしていると。


『ああそうだ、このカプセルの中身も持って行ってくれ。

 機能停止となると保存が出来なくなるからな』


コンピューターがそう言うと、床の一部がパカッと開き、大きなカプセルがせり出て来る。

 その中に入っていたのは、なんと子どもだった。

 三歳児くらいだろうか?

 すっぽんぽんの状態で水の中に浸かっており、白いくせ毛がユラユラと揺れていて、眠っているように目が閉じられている。


『塔と共に朽ち行くのはさすがに哀れだ。

 供にして外に出してやってくれ。

 きっとソレも役に立つ』


 ――いや、マテ!


 「ソレ」とか「役に立つ」とか言っているが、どう見ても子どもなのだが、この子のパパとママはどこにいるのか?


『では、そろそろ時間だ。

 塔の外に転送してやるから、せいぜいこの世界を楽しむとよい。

 とはいえ我も、ここ千年ほど外の様子を知らぬがな』


しかしアキヒサがそんな疑問をぶつける暇もなく、ブォン、と音を立てて周囲が光っていく。


「ちょっと、もう少し話を聞かせろって!」


『ほんの短い間だったが、さらばだ。

 達者で暮らせ』


そんな会話を最後に、アキヒサはそのコンピューターの前から姿を消したのだった。


『心残りはなくなったし、長く起動しているのも飽きたところだ。

 眠りについて、次に起動するのは百年後か、千年後か』


コンピューターがそんなことを呟いてから、やがて起動停止したなんてことを、アキヒサにわかるはずもない。

 そしてどこかはるか遠くの地で、コンピューターが作動したことを察知した存在がいるなんてことだって、知る由もなかった。

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