9章 クーデターの前触れ
ローズはあれ以来、ますます怪しげなものに傾倒した。
わけのわからない魔法薬を服用し、不気味な儀式を行い、そうかと思えば深夜に徘徊したり幻覚を見るようになった。精神的に錯乱するのはもとより、全身に発疹ができたり、痒がったり下の世話ができなくなったりした。おそらく魔法薬に使われた材料の中に毒草の類があったのだろう。
いくつか回収されたものが解析に回されたが、やはり材料はわからなかった。街の薬師には頼めず、山の魔女を頼ったが、それでも正確な判断はできなかった。
どうしてそんなものにころっと騙されてしまうのか。
ローズはそれに対して、「魔法があるから」と言ったことがある。それとこれとはまったく違うではないか。
そういえば、彼女は錯乱の中で、こんなことを言っていた。
一言一句同じとは言わないけれど。
「ミザリィには前にも言ったと思うけど。私が生きてたのは魔法が無い世界だったの。魔法なんて存在しなかった。だからきっと、この世界でなら奇跡は起きる」
彼女が信じたかったのは、この世界ならなんでも叶うという、それこそ奇跡のようなものだったのか……。
私は王宮に出向き、王妃との面会を申し出た。だが三回目ともなると、ローズの息がかかった者たちによって阻まれた。というより、皆おびえているようだった。ローズのやることに意見すれば仕事を失う。ならばローズの言うことに従ったほうが仕事を失わずにいられる。
そしてこれ以上、王のやることに――実際は王妃のやること、だけれども――言及するようならば、公爵家を取り潰すとまで言われた。めまいがした。取り潰すと言われたことにではない。ローズがそんなことを盾にしてきたことに対してだ。
ガタガタになった騎士団をまとめるために、どういうわけかルークが呼び出された。
ルークは学生時代に「暴走児」として、ローゼリアとともに戦ったひとりだ。数年前の魔物との戦いで負傷し、左手と左目を失ったあとは戦いから身を引いた。その後は「隻眼卿」として自分の領地経営に精を出し、いまは領地内に出る魔物相手に炎をぶっ放して領民からの信頼も厚い人物になっていた。いまだに自分から魔物退治に赴くので、妻の女性はときどき頭を抱えていたそうだ。
だが、急に騎士団をまとめるとなると、二人とも戸惑った。そもそも一線を退いた身なのだ。どうするかと決めかねて、とにかく一旦待ってほしいと返事を保留した。対応としては無難だろう。まずかった。
ルークはその途端に爵位を取り上げられた。
ルークたちどころか領民たちも驚いて、急いでどういうことか話し合った。ルークの屋敷に領民が押しかけ、こんなのは無い、いったいどういうことかと詰め寄った。泣いている子供もいたという。彼は領民からも愛されていたため、ローゼリアの行動はごく普通の人々をも敵に回したのと同義だった。
だが幸い、領地を管理を任されたのは比較的近い領地にいたオズワルドだった。同期のよしみで、ルークが引き続き土地にいられるように便宜をはかった。オズワルドはできるだけローゼリアを刺激しないようにうまく立ち回った。
だが肝心のローゼリアが何をしているのか、誰にも理解できなかった。
それだけではない。教師をしていたメレディスのところにも研究の依頼が来たり、海外で大使として働いていたディランに、突然帰還命令を出したりした。自分の知り合いだけでもこうなのだから、国内はますます混乱に陥った。
研究のために国費が投じられ、怪しげな連中が王宮内を闊歩するようになり、反発する者はあっという間に追い出される。ただこの頃の噂の中には、だいぶ尾ひれがついたものも出回っていた。彼女は闇に堕ちたわけではないし、突然悪女になったわけではない。
この世界の誰よりも他人から子供を望まれたのに、子供に恵まれずに少し道を踏み外してしまっただけの哀れな女性なのだ。
愛するヴァージル様を失い、それでもなおヴァージル様との子供を欲する――彼女は止まれなくなってしまったのだろう。
ならば、誰かが止めねばならない。
契機になったのは、ミハエルが王宮を追い出されたあたりだった。
ミハエルはその頃からこの状況をどうにかひっくり返すために、散々頭をひねった。ヴァージル様の弟君たちと協議を重ねた。特にあっさりと爵位を奪われるのを恐れる貴族――元貴族も多いが――からの突き上げは激しく、またルークの事件があってから、国民からも疑問の声があがりはじめた。
ミハエルから弟君の後ろ盾になってもらえるよう頼み込まれたのもこの時だ。
私は返事を一旦保留して、ネイトと話し合うことにした。
「……僕は、ローズにはずいぶんと世話になった」
夫は――ネイトは昔を懐かしむように言った。
ローゼリアの事をかつては家の名前で呼んでいたのが嘘のようだ。
「知っています」
「彼女は、僕に手を差し伸べてくれた。あの頃、僕にとっては愛しい白き薔薇だった……。白薔薇の君に、僕のすべてを捧げても良いと思った」
古い恋人の話でもするかのようだった。
実際、そうだったのかもしれない。あの頃、白薔薇の君にすべてを捧げた騎士たちは、熱に浮かされたようだったから。
「……彼女は、優しすぎたのか」
ほんの少し、嫉妬を抱かなかったと言えば嘘になる。
手を差し伸べたのは、あなたの力が必要だったから。闇の皇帝に立ち向かうのに必要な人材だったから。あなたの心を見透かしたように、欲しい言葉をくれたのは、この先の未来に起こりうるすべての選択肢を知っていたから。
そうぶちまけてしまいたかった。
でも、しなかった。
いまのネイトを裏切ることは、私がかつて彼女に感じた友情をも裏切ることになるから。
それに、私はもう嫉妬に狂うほど子供ではない。
「なら、狂気に走った友人を止めるのも友情だと思う」
「……そうですね」
結論は出た。
ドルズ家がヴァージル様の弟君――オリガ様の後ろ盾についた。ひっそりと資金援助を行い、隠れ家の提供をした。彼らは着々と準備を整えた。
ただし後ろ盾になるのに条件がひとつだけ。
王宮へ突入する際には、私も連れていくことを条件につけた。
驚いていたが、私にとってはまったく筋の通ったことだ。
それにいくら衰えたとはいっても、私だってかつてはダンジョンに潜り、魔物と戦ったのだ。
密かに計画は進められた。目標は無血開城。ローズの首を切り落とし、秩序を取り戻す。それが目的だった。
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