第82話 豚の生姜焼き
(調理実習室にて)
生徒達は手を洗い、エプロンを着けて席に着いた。長谷川先生は割烹着を身につけた。
「はい、今日は調理実習三回目の最終日です。昨日のホームルームで伏見から提案の有った、ご飯ですがマストでは有りません。本題の主菜を作る事が授業の目的ですので、自信を持って時間に余裕の有るグループだけにして下さい。
評価は主菜のみですからね」
遠藤駿は手を挙げた。
「先生! ウチの班は炊くのでは無く、白飯を持ってきました!」
「はい、それは良い案ですね。それでは今日も怪我をしないように注意して、始めて下さい」
中山美咲は気合いを入れた。
「さあ、今日はご飯も炊くわよ。でも主菜の評価もAを目指すからね。今日は悪いけど、莉子と美月はご飯を炊く事に専念して欲しいの。大勢いても、豚肉を焼くフライパンは一つだからね。お願いね」
林莉子と鎌倉美月は早々に米を洗い始めた。
中山美咲は腕をまくった。
「じゃあ、コッチもやるわよ。まずはキャベツの千切りね。海斗出来るかしら」
海斗はキャベツを数枚剥がし取り、水洗いをした。次に葉を重ね丸めて千切りを始めた。海斗の千切りは早くて細くて上手だった。皆は包丁さばきに驚いた。
「お母さんが居ない時間が長かったからね。だから料理の事は分からなくても包丁は使えるんだ」
皆は感心した。次にトマトとタマネギを洗いカットした。
「美咲、六人分はこのぐらいの量で良いかな」
美咲は了解をして、タレ作りに進んだ。蓮は生姜を摺り始めると、辺りに生姜の爽やかな香りが立ちこめた。松本蓮は美咲の指示通りに砂糖、みりん、酒、醤油と摺り下ろした生姜をボールに入れた。
中山美咲は指示を出した
「次は豚肉の準備ね。小野さんの番よ」
小野梨紗は豚肉の白い脂肪の部分と赤い肉の境に包丁を入れた。
「ねえ、美咲、どうしてココに包丁を入れるの?」
「この一手間をすると、焼いた時にお肉が丸く変形しにくいのよ」
「へー、そうなんだ」
小野梨紗はバットにお肉を並べ、軽く小麦粉を振った。中山美咲はご飯の炊きあがる時間を林莉子に確認した。海斗と蓮には食器を並べキャベツの千切りとトマトを盛りつける様に伝えた。
「さあ、梨紗、焼いていくわよ」
小野梨紗はフライパンに油を入れ、お肉を敷き詰めた。焼き色が少し付いた所で返して、タマネギを投入した。
「そろそろタレを入れて、タレが飛び散るから注意するのよ」
タレが入ると派手な音がして香りが立った。小野梨紗は微笑んだ。
「ん~ん! 良い香り、美味しそう!」
小野梨紗はムラ無く火が通るように、お肉とタマネギを動かした。
小野梨紗は程よく火が通った所で、中山美咲の顔を見た。中山美咲はOKサインで返すと小野梨紗は火を止めた。
「やったー! 私、始めて豚の生姜焼きを作っちゃった! 美咲、有り難う」
鎌倉美月も中山美咲に声を掛けた。
「コッチも炊けたよ!」海斗は慌てた。
「待ったー! 今度は俺が前席で匂いを嗅がせて!」
すると皆は炊きあがった鍋の周りに並んだ。鎌倉美月は蓋を開けると炊きあがる湯気と、甘い香りが漂った。皆は言った。
「わー、良い匂い!」
皆はニコッと笑った。そして出来たての主菜と炊きたてのご飯を盛り付けた。
海斗は長谷川先生を呼んだ。
「おう、また一番か! このグループは見てて手際が良い。中山のお陰だな」
「先生、違うんです。皆が上手なんです」
長谷川先生は生姜焼きのお皿を手に取り、鼻に近づけた。
「う~ん、香りが良い! チューブの生姜だとココまで香りが立たないんだよ。まずは見た目も香りもA評価。次は味だ。うん、味もA評価だね。間違いない! なあ、皆、悪いけど先生にも白米を少しだけくれないか」
林莉子は茶碗によそり、先生に渡した。長谷川先生は残りの肉をご飯に載せて、一緒に食べた。
「んー! やっぱ、コレだな、旨い!」
海斗達は唾を呑んだ。長谷川先生は言った。
「悪い! どうぞ食べて下さい」
海斗達は箸を伸ばした。今回も美味しく出来て喜んで口にした。
松本蓮は肉を食べ、ご飯を掻き込んだ。
「旨いね、やっぱ米が有って正解だよ。海斗!」
「ホント、美味しいね。美咲も梨紗もがんばったね」
「海斗の千切りも上手だよ。綺麗に切れているわ」
小野梨紗は欲をかいた。
「味噌汁も有ったら、良かったのにね」林莉子は答えた。
「そうよね、でも時間が足りなかったでしょうね」
すると遠藤駿が松本蓮の所にハンバーグを持ってやってきた。
「なあ、蓮、これと交換しないか? さっきから生姜の香りが、たまんないんだよ!」
蓮は交換をした。遠藤駿は海斗達に注目されながら、生姜焼きを口に運んだ。
「うわー、やっぱり美味しいね! 香りから旨そうだったもん。甘塩っぱい香りとパンチの有る生姜の香り、これは一流の味だよ。ウチも今晩、豚の生姜焼きにして貰おうかな! ねえ、後でレシピ教えて、お願い!」
海斗達は美味しく出来て嬉しかった。しかも料理人の息子に褒められた事が、なお嬉しかった。こうして今月の技術・家庭科の調理実習が終わった。
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