第21話 箱根旅行(1)
六月の勉強会で決めた箱根旅行を、林莉子が具体的に計画を立てた。メンバーは、海斗、葵、小野梨沙、松本蓮、鎌倉美月、中山美咲、林莉子だ。
横浜駅から東海道線に乗り小田原駅で乗り換え、箱根湯本駅まで来た。ここ箱根湯本は箱根で一番大きな温泉街である。
ここまで来ると、すっかり景色は自然が多くなった。皆のテンションが上がった。
「じゃあ、強羅駅まで箱根登山電車で山を登って行くわよ」
「よっ! 林さんカッコイイ」
「ちょっと蓮、恥ずかしいよ。みんな見ているよ」
鎌倉美月は、松本蓮のシャツを引っ張った。
小野梨紗はワクワクしていた。
「林さんのプランのお陰で既に楽しいわ! いよいよ登山電車ね。ねー葵ちゃん」
「はい、お陰様で楽しいです。私、箱根は初めて来るので楽しみです」
林莉子は鼻高々に説明をした。
「このプランの良いところはね、このフリー切符よ! コレで途中の駅やロープウェイも海賊船も、路線バスも、乗り放題なんだから、ねー美咲!」
「そうよ、莉子が値段も安く出来るように調べてくれたのよ」
海斗は林莉子に感謝をした。
「凄いお得なんだね、いろいろ調べてくれて有り難う」
皆もお礼を言った。
鎌倉美月は松本蓮を見た。
「蓮だから、このキップ無くしちゃダメだからね」
「はーい、美月ちゃん」
海斗達は登山電車に乗り、強羅に向けて出発をした。しばらくすると電車が折り返すように逆向きに走り出した。
葵は列車の前方と後方を代わる代わる見た。
「ねえ、お兄ちゃん、電車が戻って行くよ。なんで戻るのかな?」
林莉子は、海斗よりも先にジェスチャーを付けて説明した。
「これが、スイッチバックよ。勾配のきつい斜面を走るには、いろは坂のように行ったり来たりを繰り返して上がって行くのよ。この鉄道の勾配は日本一なのよね。ねー伏見君!」
「は、は、そうだね」
林莉子は、この説明をしたかったのだ。海斗は林莉子に説明の機会を奪われ苦笑でした。
強羅駅に着くと大きな建物は無くなった。山の奥深い所まで上がって来たのだ。
中山美咲は小野梨紗に話しかけた。
「さあ小野さん、今度は何に乗るのでしょうか?」
小野梨紗は目を輝かして答えた。
「知っているよ。ケーブルカーでしょ! 楽しみだなー」
皆はケーブルカーの駅に向かった。斜面に合わせて、階段状のホームが有った。見慣れない乗り物に皆は興奮をした。
中山美咲は海斗に話しかけた。
「伏見君、凄いね。車内の通路まで階段になっているのね」
「そうだね、凄い乗り物だね。ホントに凄い、ぐんぐん登って行くね」
海斗は隣に居る中山美咲の横顔を見つめた。
「中山さん、可愛い!」
中山美咲は海斗を見つめた。慌てて海斗は口を覆って正面を向いた。ついつい心の声が出てしまったのだ。
「え、伏見君、何て言ったの?!」
海斗は恥ずかしくなって下を向いた。中山美咲は、その反応から聞こえた言葉を想像して赤くなった。
ケーブルカーは、あっという間に早雲山駅に到着した。いよいよロープウェイに乗車する番になった。箱根は乗り物のアミューズメントパークなのだ。
ロープウェイに乗車すると大きく揺れてから動き始めた。
小野梨紗は、はしゃいでいた。
「海斗、凄い、凄いね。どんどん高度が上がって行くね」
「うん、景色もとっても良い! 葵も見えるかい?」
「お兄ちゃん、私、高い所ダメなんだよ」
葵は高所恐怖症だった。
「伏見君、私もダメ!」
林莉子は緊張して座っていた。
松本蓮はケーブルカーから見下ろす山々の写真を沢山撮っていた。するとカメラのファインダーに、もくもくと上がる白い煙が見えた。
松本蓮が指さした。
「あー、あっち、あっち! 大涌谷が見えて来たよ」
焼けて白くなった地表から、もくもくと白煙が上がっていた。
皆は歓声が上がった。
ゴンドラは、まもなく大涌谷駅に到着した。降りると周辺は温泉の匂いに包まれていた。皆は駅を出て展望台に向かった。目に入る景色は息を呑む迫力で、ここだけが別世界の様に感じた。
小野梨紗は海斗に話しかけた。
「ねえ海斗、凄いね。あちこちから湯気が出ているのね。私、見たかったの」
「うん、怖いくらいの迫力だね」
松本蓮は、ぼーとその景色を見ていた。
「なあ美月、凄い景色だよな。行った事は無いけど火星みたいだ。絵力が有るよな」
「蓮、写真、撮らないの?」
「あ、忘れていた!」
松本蓮は望遠レンズを使い、白煙が立ち上る風景を撮った。
「ねえ、記念写真撮ろうよ。今、三脚をセットするからね」
皆は好きなポーズを取って記念写真に写った。撮影が終わると林莉子はお昼に誘った。
「さあ次はお昼よ! あの売店まpで食べて、その後は大涌谷を少し登るわよ」
皆は売店に着くとカレーやラーメンを選び、食後にソフトクリームを食べた。
松本蓮は海斗に耳打ちした。
「なあ海斗、女の子がソフトクリームをなめているところって良いよな、ムフフ」
「うん、分かる、分かる。なんかペロペしているロがたまらないよね、ムフフ」
海斗も蓮も女子の口元を見ていた。二人とも絞まりの無い顔になっていた。
「ちょっと、二人とも何考えているのよ!」
鎌倉美月は想像が付いていた。二人はそっぽを向いた。
松本蓮は海斗に耳打ちをした。
「せっかく、良いところだったのにな、海斗!」
「ホントだよ、楽しみを奪わないで欲しいよね」
アイスクリームを食べ終えると、いよいよ大涌谷の散策を始めた。
小野梨紗は早く登ってみたかった。
「楽しみだね、上の売店まで登ったら黒たまご食べようね」
林莉子は小野梨紗に卵の説明をした
「一つ食べると寿命が七年延びるんだって」
「私、お土産にして、パパとママに買っていこうかな」
海斗は心配をした。
「小野さん、俺も考えたんだけど、この夏の気温じゃ傷んじゃうよ」
「それもそうだね、じゃあ私が、いっぱい食べるか」
葵は息を切れらして言った。
「売店までは、それ程遠く無いように見えたのに、意外と歩くね、お兄ちゃん」
「登るからね。思ったより大変なんだよ」
コースの所々に、お温泉が湧き出していた。散策コースを登ると売店が有り、黒たまごを作る釜が有った。この売店で出来たての卵を購入出来るのだ。
海斗達は売店で黒たまごを買い近くのベンチに座った。小野梨紗は心配そうな顔をして、中山美咲に話しかけた。
「本当に真っ黒ね、健康に悪そうだよ」
「大丈夫よ、変化しているのは表面だけだから」
中山美咲は剥いて見せると、小野梨紗も殻を剥いて食べた。
「ホントに真っ白だ。茹でたてで美味しいね」
鎌倉美月は、殻を剥き松本蓮に卵を口元に運んだ。
「蓮、あ~ん」
松本蓮は照れながら食べた。お返しに鎌倉美月の口に剥いた卵を運んだ。
「あ~ん」
鎌倉美月は顔を横に向けた
「……いらない! だって蓮の手、汚ないんだもん」
松本蓮は肩を落とすと、それを見ていた皆は笑った。林莉子は腰を上げた
「さあ、まだまだ、行くわよ」
林莉子は皆を引き連れ、再びロープウェイに乗り芦ノ湖に下った。ロープウェイの終点、芦ノ湖に面した桃源台駅に到着した。小野梨紗が楽しみにしていた海賊船に乗る港のそばまでやって来た。
小野梨沙は、高鳴る気持ちを抑え切れなかった。
「わー! 凄い、海賊船だー、キャー!」
海斗の手を取り走り出した。海斗はバランスを崩しながらも小野美梨紗を追いかけた。
「小野さん、待ってよー、転んじゃうよ!」
「もう、お兄ちゃん、置いてかないでー!」
中山美咲は林莉子と顔を見合わせた
「もー、しょうが無いなあ、行くか、美咲!」
「しょうが無いねー、行くよ」
中山美咲と林莉子も走り出した。続けて松本蓮、鎌倉美月も後を追って走った。
皆は海賊船の乗り口、桃源台港に到着した。
小野梨紗は海斗と葵に話しかけた
「海斗、大きい船だねー。葵ちゃん、船内には海賊がいて捕まっちゃう人がいるらしいよ!」
「えー怖いです。捕まっちゃうのですかー」
ノリの良い葵だった。
林莉子は皆を引き連れ、桟橋に立った。
「さあ、いよいよ乗船するわよ」
皆は船尾の屋上デッキへ上がって来た。しばらくすると船は動き出した。皆は後にする桃源台港と、乗車してきたロープウェイ、その先の山々を眺めてお別れをした。海斗の視線に有るモノが目に入った。
海斗は葵の後ろに立ち声をかけた。海斗は葵の目を手で覆い、葵の顔を斜め左へ動かした。
「いいかい、この景色にビックリしないでね」
海斗は手を外した。正面には芦ノ湖越しの大きな富士山が見えた。
「わー、大きな富士山! 横浜で見える大きさの何倍も大きいね、お兄ちゃん有り難う!」
「どういたしまして葵」
皆も富士山に視線を動かした。
それを見ていた中山美咲は思った。伏見君は妹と仲が良すぎよ、もっと私だけを見て欲しいのに。二人の関係に焼き餅を焼いた。中山美咲もやってもらいたかったのだ。
林莉子も富士に目を奪われた。
「綺麗ね~、雄大だわ。ねえ美咲」
「う、うん、青い空に生えて綺麗だね、莉子」
小野梨紗は不思議に思って見ていた。
「ねえ海斗、大きいけど、あれが富士山なの? 頭の部分は白くないの?」
小野梨紗は夏の富士を知らなかった。
「不思議だよね、日本一の高さでも、夏の富士は雪が溶けちゃうんだ。だから、白くは無いんだよ」
「へ~、そうなんだ」
小野梨紗は富士山とわかり写真を撮った。
皆は船首側のデッキに移動した。左側には、この後に行く箱根神社の朱色の鳥居が見えた。
元箱根港で下船して箱根神社に向かった。箱根神社は沢山の人で賑わっていた。
海斗は説明をした。
「ねえ、小野さん、二礼、二拍手、一礼って、聞いたこと有る?」
「えっ、何それ?」
「神社で、お参りをする時の作法だよ」
海斗は参拝の仕方を丁寧に教えた。皆は箱根神社に到着し、お参りを済ませた。すると中山美咲、小野梨紗、林莉子、葵の四人は隣の建物に向かった。どうやら当初からの予定に入っていたようだ。
その先には九頭龍神社が隣接していだ。海斗はその神社の存在を知らなかった。
「なあ蓮、この神社、知っているか?」
「俺も知らないよ、海斗も知らないの?」
「何だろうね、地続きだから同じ箱根神社だと思ったよ」
鎌倉美月は答えた。
「恋愛成就に御利益がある神社なのよ」
男二人は納得した。海斗は言った。
「じゃあ、俺も並ぼう!」
「ねえ蓮、私たちも仲良く居られる様にお参りしておこうよ」
「そうだな、美月」
三人も参拝の列に並んだ。参拝を終えると芦ノ湖に立つ朱色の鳥居をバックに記念写真を撮った。箱根神社の素敵な写真が撮れた。
次に今夜の宿泊先に向かった。林莉子はバスの中で説明を始めた
「ここはね、宿泊とヨネッサンの温泉施設がセット販売されているお得なプランなのよ。だから、今夜のお風呂はヨネッサンの大きな露天風呂に入れるの。ね、良いでしょ」
皆は楽しそうな顔をしてうなずいた。
中山美咲は大事な事を思い出した。
「ねえ葵さん、今更だけど部屋は、お兄さんと一緒で良かったのかな?」
「………」
葵は返事に困り、海斗を見た。
海斗は林莉子に任せ過ぎていて、全く考えていなかったのだ。海斗の顔が緩んだ。
「うん、うん、お兄ちゃんは葵と一緒の部屋でもいいよ!」
葵は真っ赤になった。
そんな海斗に容赦なく、鎌倉美月のげんこつが飛んできた。さらにあ小野梨紗は言った。
「そんな訳、無いでしょ! ねえ鎌倉さん!」
「そうよ、海斗バカじゃないの! 葵ちゃんは私と小野さんと一緒に泊まりましょうね」
海斗と松本蓮は、肩を落とした。林莉子は首を傾げた。
「伏見君が肩を落とすのは分かるけど、何で松本君まで肩を落とすのよ?」
鎌倉美月が赤面した。
「蓮、まさか私と泊まれると思っていたんじゃ無いでしょうね。死ね、バカ蓮!」
鎌倉美月の変貌ぶりに皆は笑った。
葵は九頭龍神社のお願いが早速に効いたのかと思いビックリしたが儚く消えた。
皆はホテルのロビーに到着した。林莉子は仕切った。
「この後の予定を連絡します。只今の時刻は十六時四十分、これからお風呂に入って、十八時半から食事にしましょう。バイキングだから先に来た人が席を取っておいてね。じゃあ一時解散!」
林莉子は海斗と鎌倉美月に鍵を預け、部屋に向かった。
海斗と松本蓮は、部屋で休んでいた。
「蓮、今日は楽しかったなー、美月と泊まれなかったのは残念だったけどな~」
「そりゃ、そうだよ。未だチューもしていないのに、初夜はマズイでしょ」
「いや、そうじゃ無くて。夜まで一緒にいれたら楽しいかなって思ったんだよ」
「俺は蓮と一緒の部屋だと、最初から思っていたよ。ただ、中山さんがあんな事を言うから困惑したんだよ」
「海斗、あの二人に葵ちゃんが実の妹では無い事は言っていないのか」
「うん、言いそびれちゃってね」
「そもそも重たい事実だから、ばれて問題になる前に話しておいた方がいいよ。前に横浜美術館の帰りに見つかった時だって、屋上に呼び出す女だからな」
「ああ、分かったよ。タイミングを探して話してみるよ」
その後二人は、露天風呂へ行き汗を流した。
一方の女子は、大浴場で体を洗っていた。小野梨紗は鎌倉美月の攻撃を警戒していた。修学旅行の時にイタズラをされたからだ。鎌倉美月はターゲットを捕捉していた。
「葵ちゃん、お姉ちゃんが背中洗ってあげるよ」
「鎌倉さん、有り難う御座います。折角ですが目上の方なので遠慮します」
「まあ、まあ、そう言わずに……」
「いや、結構です」
鎌倉美月は撃沈した。肩を落とし次の獲物を捕捉した。
「中山さん、背中洗ってあげるね」
「あら鎌倉さん、優しいのね」
中山美咲は妹と入浴する習慣があり、違和感なく背中を預けた。
鎌倉美月は手際よく泡立て、中山美咲の背中を洗い始めた。もはや、いたずらもプロ級である。
「鎌倉さん、有り難う。くすぐったいわ」
「中山さんは肌が綺麗ね、ウフフ」
中山美咲の背中は泡だらけになった。そう、時は満ちたのであった。鎌倉美月はオヤジモード全開で背中の泡を胸に運び、後ろから胸を揉んだのだ」。
「キャー、鎌倉さん止めて!」
「もうちょっと、もうちょっと、このプルンプルンが何ともたまらん!」
「あ~、もうダメー!」
鎌倉美月はスーと手を引いた。
「中山さん、おっぱい大きいね、とっても柔らかかったよ」
鎌倉美月は満面の笑みを浮かべ離脱した。
小野梨紗は鎌倉美月の動向を注視していた。あえなく中山美咲は生け贄となり心の中で謝るのであった。
鎌倉美月よ、あれが他人なら、お前は捕まっているぞ! そして葵はラッキーだった。葵の実直な性格が悪を追い払ったのだ。女子は暖まりお風呂を堪能した。
お風呂の早い男子は、浴衣に着替えて、早めにバイキング会場の席を確保していた。女子は十分遅れで現れた。松本蓮が片手を上げた。
「おーい、美月、こっち、こっち!」
その声に気が付いた鎌倉美月も片手を上げた。
浴衣を着た女子はとっても可愛かった。海斗も松本蓮も浴衣が似合うのだ。席に着き、お互いがお互いの浴衣姿を褒め有った。皆は夕食を始め、思い思いの料理を運んできて食べた。お腹が満たされる頃に小野梨紗は言った。
「ねえ林さん、この後どうするの?」
林莉子はニヤリと笑った。
「もちろん、予定を立てているわ。温泉旅行の夜と言えば、もちろんテーブルテニスでしょ! ちゃんと予約してあるわよ」
皆は笑顔になった。
食事を終え、皆は卓球場へ向かった。今回もリーグ戦を行った。修学旅行の時に強かった林莉子はシード扱いとなった。試合は進み決勝戦は、林莉子と葵の戦いとなった。葵は前の学校で卓球部の友達と、たまに練習の相手をさせられていたのだ。体力は無いものの変化球が扱えたのだ。決勝戦は声援高らかに盛り上がった。
勝ち抜いたのは葵だった。
「お兄ちゃん、勝ったよ!」
葵は興奮のあまり、海斗に抱きついた。海斗は優しく頭をなでた。
「おめでとう、葵」
愛らしい光景では有ったが、他の女子の目線が海斗に刺さった。
「は、は、は~ 葵、ほら、恥ずしかしいよ」
葵は抱きついた事を忘れ慌てて離れた。それからの話題は、何で葵が強いのか、質問攻めにあった。楽しい時間はあっという間に過ぎ皆は部屋に戻った。夜まで体力を消費したので、ぐっすり眠むり一日目が終わった。
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