第20話 メリーさん

 海斗は葵とエレンおばさんのクッキーを作るために、伊勢佐木町商店街に来た。小野梨紗のお母さんから貰ったレシピの材料を買いに来たのだ。

「ねえ、お兄ちゃん、私、伊勢佐木町に来るの、初めて! 横浜って観光地が多いね」

「確かに観光名所になっているけど、商店街だからね。昭和の歌が有名なだけかもね」

「そう言われてみれば、観光するような所は無さそうね。でも、なんでココに来たの?」

「エレンおばさんが、ここでクッキーの材料を買ったんだって。やっぱり、あの味の材料は近所のスーパーに置いていないんだよ」


 二人は輸入食材店に入った。

「わー! お兄ちゃん、見たことの無いパッケージが沢山あるね」

「本当だね、おまけに英語表記で、何て書いて有るのかよく解らないよ。そうだ、メモ、メモ」


 海斗はエレンおばさんから貰ったレシピを見て、買い物を進めた。メモには丁寧に英語と日本語が書いてあった。

「お兄ちゃん、どれもこれも大きい箱だね」

「そうだね、アメリカンサイズなんだよ。こんなにいらないよね」

「あ、あったよ、小さいの。この大きさがいいよね」

二人は材料を購入し店を出た。しばらく商店街を散歩した。

「お兄ちゃん、エレンおばさんのように美味しいクッキー出来るかな?」

「俺も初めて作るから、ちょっと心配だよ」

「お兄ちゃんとお菓子作りするの、楽しみだな!」


 海斗は指を指した。

「あれ、美月じゃない?」

 鎌倉美月は青ざめた表情で歩いていた。

「なあ、美月! ……なあ美月?」

鎌倉美月は海斗の呼びかけに、ようやく気が付いた。

「あっ海斗、どうしよう。今、見えちゃったの!」

 鎌倉美月は震えていた。

「美月、顔色が悪いよ。何を見たの?」

「白いお婆さん、洋服が白くて、芸者みたいに顔まで真っ白な化粧をしていたの」

「どこかで、仮装大会でもやっていたのかな?」

「違うよ、だって足が無かったの!」

海斗と葵は声を出して驚いた。

「えー!」

「わ、私、初めて見たわ、あんな幽霊」

「鎌倉さん、大丈夫ですか?」

「良かった海斗がいてくれて。一緒に歩いてもいーかなー?」

「もちろんだよ。葵ね、美月は霊感が強いんだ。だから、たまーに、見えるらしいよ」

「えー! 見えるんですか?!」

「葵ちゃん、たまーにね。はは、どっかで休もよ」

「じゃあ、ちょっと距離があるけど。喫茶「純」に行かないか?!」

「そうだね海斗、夏休みになってから行ってないもんね。葵ちゃんは初めてじゃない?」

「はい初めてです。私も行ってみたかったの!」

三人は喫茶「純」に向かった。

 

 (喫茶「純」にて)

「マスター、こんにちは、わっ、ココ涼しー!」

「やあ。伏見君と鎌倉さんと後は……」

「妹の葵です」

「マスターさん、初めまして」

「好きな席に座ってね。まずは席について、ゆっくりしてよ」


 海斗達は、四人掛けのテーブルに着くと手伝いをしていた森幸乃が歩み寄った。「いらっしゃいませ。へー、伏見君の妹さんなのね、可愛い! いつもお兄さんに、お世話になっています。森幸乃です」

「こちらこそ、兄がお世話になっております。伏見葵です」

 森幸乃は微笑んだ。

「しっかりした妹さんなのね。ねえ、お父さん! ちょっと休憩するね!」

「ああ、お好きにどうぞ」


 森幸乃はエプロンを外し席に着いた。

「今日は、何の集まりなの?」

「俺と葵は輸入食材を買いに、伊勢佐木商店街に行ったんだ。買い物を終えると顔色の悪い美月と偶然、会ってね。休憩しに来たんだ。

「鎌倉さんは、どうして商店街にいたの」

「私ね、洋服を見に来たの。そうしたら見えちゃったの。私、霊感強い方だから見える時があるの。見えると、ぐっと疲労感に襲われるのよ」


 マスターは、アイスコーヒーを四つ持ってきた。

「見たって、まさか幽霊を見た訳じゃ無いでしょう?」

「私が見たのはね、白いドレスを着て、真っ白な化粧をしたお婆さんの幽霊、……足が無かったわ」

 森幸乃は声を荒げた。

「キャー」

 マスターは鎌倉美月を見つめた。

「それ、メリーさんの幽霊だよ。夏になると現れるらしいよ」

「えー本当? 私が見たのは、やっぱりそうなんだ」

 マスターは説明を始めた、

「メリーさんは、戦後から昭和の時代を生きた売春婦だよ。最後はどうなったのか解らないけどね。彼女の生活の基盤が伊勢佐木町だったんだ。真っ白なドーランを塗り、薄汚れた白いドレスを着て商店街を歩いている所を、私は学生の時に見かけた事があるんだよ。あの時は乳母車みたいな物を押していた。恐らく家財道具一式が入っていたのかな」

 森幸乃はマスターを見た。

「えー、じゃあ、お父さんは生のお化けを見たの?」

「は、は、は、お化けじゃ無いよ。当時は生きていたからね。その後、何十年も話題には上がらなかったんだよ。ところが近年になって夏になると、真っ白なお婆さんを見たって言う人がいるんだ。そして、ここにもね」

 海斗は鎌倉美月を見た。

「じゃあ、美月が見たのは本物の幽霊なの?」

 皆は息を呑んだ。

「おじさんだって解らないよ。見たのは鎌倉さんだからね」

 海斗は続けた。

「それでも美月が見たものは、まんざら嘘じゃ無いんだね」


 皆は寒くなった。

「お兄ちゃん、エアコンのせいかな? 私、寒くなってきた」

「お父さん、なんでだろう? 私も寒くなって来た」

「マスター、俺も寒くなってきたよ。エアコンの温度上げた方がいいよ。美月、お前、喋って無いけど大丈夫か?」

 鎌倉美月は歯をガタガタさせて、両肩を抱いていた。マスターはエアコンの温度を上げに厨房の壁に向かった。するとマスターの叫び声がした。

「あー!」


 皆はマスターを見た。マスターの目線の先にはメリーさんが立っていたのだ。メリーさんは喫茶店のドアの外から海斗達を眺めていた。女子は前屈みになり、頭を抱えた。

「キャー!」

 メリーさんは海斗と目を合わせ、右手を上げた。海斗も応えるように右手を上げると、メリーさんは微笑み、スーと消えた。

「待って、待ってメリーさん!」

海斗は追いかけるようにドアを開けた。


 外には既にメリーさんの姿は見えなかった。店内に戻ると皆は心配そうに海斗を見た。

「もう、いないよ」

皆は安心をした。鎌倉美月は海斗を見た。

「ねえ海斗、メリーさんと何か話をしたの?」

「話はしていないよ。でもね、感じたんだ。寂しかったのだと思う。それで後を付いて来たんだよ。俺が右手を挙げて応えたら、微笑んで消えたよ」


 マスターは怖くなり、慌てて入り口に盛り塩をした。海斗は言った。

「本当に居たんだね。美月は霊感強すぎだよ! あれ? エアコン上げて無いのに、ちょうど良くなったね」

 森幸乃は続いた

「お父さん、本当だね。葵ちゃん大丈夫?」

「怖かったけど、大丈夫です。でも鎌倉さんが……」


 霊感の強い鎌倉美月は未だ、ガタガタしていた。

「安心しちゃダメだよ。未だ近くに居るよ!」

葵と森幸乃は、再び叫んだ。

「キャー」

 鎌倉美月は微笑んだ。

「冗談だよ。アハハハ! 未だ寒かっただけ」

皆はホッとして笑った。

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