第19話 夕 立

 うなぎ屋のアルバイトが終わり、夏休みの旅行代を稼いだ海斗と松本蓮だった。写真部の仲間は日時を合わせ、久しぶりに夏休みの写真部に集まることになった。

 海斗は十分前に部室に入ると。松本蓮と鎌倉美月は既に登校していた。

「や~相変わらず、二人は仲が良いなー」松本蓮が答えた。

「いやー、それ程でもないけどね。でもしばらくアルバイトで会えない時間が続いたから、会うと照れるな、美月」

「私も何か恥ずかしい。でもね、とっても会いたかったんだよ」

鎌倉美月は松本蓮を見つめた。


 すると、森幸乃が走って入ってきた。

「久しぶり! あっ、鎌倉さんから聞いたよ! 今度はうなぎ屋にあのクレーマーが出たんだって、上手くやれたって聞いたわ」

「うん、そうなんだ。俺と蓮と力を合わせて、しっかり解決したよ。校長先生のアドバイスのお陰だよ。遠藤のオヤジさんにも喜ばれたしね」

 鎌倉美月は怒った

「しかしあの男、懲りないわね。最初に蓮から聞いた時、私、とっても心配になったんだからね。でも無事で良かったよ」


 松本蓮は思い出した。

「そうだ! 皆、話は変わるけど、学園祭用の写真撮っているかい? 夏休みは始まったばかりだけど夏休みが終われば、学園祭まであっという間だからね」

 海斗は続いた

「蓮、忘れていたよ。教えてくれて有り難う。森さんは良い写真ある?」

「私は今の所、皆で行った動物園のキリンの写真にしようかなって思っているの」

「あっそれ、俺が一緒に撮った写真?」

「そうよ、伏見君に教えて貰った写真よ」

 松本蓮も思い出した。

「美月よりも、上手に撮れていたよ」

「蓮、私より上手は、余計でしょ!」

 海斗は鎌倉美月に訪ねた。

「美月は、何にするの?」

「私は、この夏休みに撮ろうと思っているんだ。毎日暑いでしょ。この強い日差しで出来る影で、夏らしい写真が撮れると思うの」松本蓮は驚いた

「美月、それ良い観察力だよ。コントラストがはっきり出て、夏らしい写真が撮れるよ」


 森幸乃は海斗達に自分で撮った写真を見てもらい、学園祭に提出する写真を相談していた。二時間程すると松本蓮と鎌倉美月は映画を見るために先に帰った。

 森幸乃は、人差し指で机にのの字を書いた

「ねえ伏見君、私達も出かけようよ。港の見える丘公園なんて、どうかな?」

「そうだね、ココにいても退屈だからね」

二人は公園に向かった。

 

 この公園は学園からほど近い所に有り、見晴らしいの良い展望台がある。樹木も整備され観光スポットとしても有名な公園で有る。公園を下ると元町商店街に通じているのだ。


「ねえ、伏見君、二人で出かけるのは初めてだね」

「そうだね、こういう機会が無かったもんね」

「伏見君とお出かけしてみたかったの。いつも伏見君の周りには誰かがいるでしょ」

「え~、何か照れるな。……そうそう、あの公園なら花も景色も撮れるね」

「伏見君、天気が良いし、綺麗な海が見られると思うよ」

「そうだね、良い写真をいっぱい撮ろうよ」


 二人は学校から尾根沿いに有る、公園の展望台に到着した。公園は夏の日中らしく強い日差しと、とにかくうるさい蝉の音が聞こえた。

「伏見君! 思った通りね、港もベイブリッジも良く見えるね!」

「綺麗な景色だね。良い写真になりそうだ」

 海斗は青い空と海に映える白いベイブリッジを撮影した。照りつける日差しではあったが、海風が公園を吹き抜けていた。手すりに寄りかかり正面から海風を浴びる森幸乃は、髪もスカートも、なびいて輝いて見えた。とても絵になる一枚だったので、海斗は写真に納めた。


「森さん、この風、気持ち良いね!」

「うん、暑さを忘れるわね。ねえ伏見君、私とツーショット写真を撮っても良い?」

「俺なんかと撮っても、面白くないよ」

「私は面白いの! だから、い~よね」


 森幸乃は海斗の隣に立って、港の景色をバックに肩を並べた。彼女はスマホを片手で持ちシャッターを切った。

「わ~、良い写真が撮れたよ。ほら」

海斗は彼女が隣に来た時に、同級生には無い爽やかな色気を感じた。


 二人は園内で写真を撮り終えると、展望台から順に写真を撮りながら元町まで下りてきた。

「伏見くん、今日は有り難う。とっても楽しかったよ」

「こちらこそ、良い写真が撮れたね。可愛い森さんも撮れたしね。後で送るね。

「ん? ねえ、ペトリコールの匂いがしない?」

「な~に、森りさん、ペトリコールって?」

「雨よ、どこかで雨が降っている匂いよ」


 その時だった、急に大雨が降ってきた。二人は慌てて走り出した。


 喫茶「純」まで、あと少しだったのに、ワイシャツがびしょ濡れになった。海斗と森幸乃は、走ってお店に入った。マスターは森幸乃を見た。

「あらあら、びしょ濡れじゃないか、幸乃。……ん? 伏見君も一緒かい?」

「学園祭用の写真を、伏見君と撮っていたら夕立が降ってきて、もう大変だよ! お母さんは?」

「美容院に行っているよ、きっと、この夕立に捕まったかな」

「伏見君を、二階に上げるね」

マスターはうなずいた。

「伏見君、大変だったね、さあ、二階に上がって体を拭いておいで」

「マスター、お邪魔します」

森幸乃は海斗を連れて二階に上がった。この建物は一階が喫茶店で、二、三階が自宅となっていた。

「お母さんは美容院に出掛けているから私だけなの。気を使わないでね。それとボーっと立っていないで、そこに座って!」

 森幸乃は麦茶を入れ、海斗にタオルを渡した。

「伏見君、ほらワイシャツを脱いで」


 森幸乃は子供の服を脱がせる様に、海斗のワイシャツを脱がせた。

「森さん、自分で出来るよ」

海斗は上半身が裸となった。

「そうよね、子供じゃ無いのだからね、ウフッ」

森幸乃は笑った。海斗は恥ずかしくて赤くなった。


 海斗のワイシャツを椅子の背もたれに掛け、扇風機の風を直接当てた。

「私、シャワーを浴びてくるね。一人で待てる?」

「もー!、大丈夫だよ」

「それとも、……一緒に入る?」

海斗は、ますます赤くなった。


 森幸乃は着替えを重ね小脇に抱えた。海斗の前を横切る際に、着替えの一部が崩れて落ちた。海斗は条件反射で手を出して、落ちる前にキャッチした。


「もうー、伏見君のエッチ!」


 森幸乃は、そっぽを向いた。海斗は失礼な事をしたと思った。

「伏見君冗談よ、恥ずかしいから私の下着を返して、早く入って来るから、ちょっと待っていてね」

森幸乃はお風呂に向かった。


 海斗は頭を拭きながら、森幸乃について考えていた。あの爽やかな色気は何処からくるのだろう? サパサパとして言いたい事や、やりたい事を進めるし、年下の俺たちにも気を回す事が出来る。一つ歳上なだけなのに。

 歳上の女性に憧れる男子はいるが、こう言う事なのかな。歳上だけで片付けていいのか。性格なのか? または遠藤駿のように商売人の子供として、立ち振る舞いが器用なのか、森幸乃はどれにも当てはまるのだ。


 お風呂の方からドアを開ける音がした。森幸乃が現れた。海斗は彼女の私服姿に目を奪われた。キャミソールに短パンで出てきた姿は、実に色っぽかったのだ。制服の時には気が付かったが、胸が大きくすらりと伸びた生足も色っぽかった。すっかり海斗は悩殺されてしまった。


「伏見君、どうしたの? 目が泳いでいるわよ」

「森さん、め、目のやり場に困りますよ」

「あらどうして、このキャミ下着じゃないのよ。伏見君、未だ髪を乾かしていないのね」


 海斗の頭はシャンプーの香りに酔わされた。海斗の息子が反応してしまったのだ。やばい、五十パーセント充電完了。何とかしないと、大変な事になる。夕立にあったからといって、夕方に立ったら洒落にならないのだ! マスターに怒られて、喫茶店の出入り禁止になったらどうしよう。落ち着け俺、落ち着け俺。海斗はバレないように両手で、海斗の息子を覆った。


「伏見君、どうしたの? おしっこしたいの? 」

「いや、何でも無いです」

「それとも、お腹が冷えて痛いのかな?」

「いや、別に何でもないよ……」

「ウフ、私が伏見君の、髪の毛を乾かしてあげるね」


 森幸乃は母性が強く、世話をやきたかったのだ。海斗の後ろに立ちドライヤーを海斗の髪に当てた。


「伏見君の髪は柔らかいのね。……伏見君は綺麗な背中をしているわ」

 時より海斗の後頭部に柔らかい胸が当たった。すると森幸乃はドライヤーを切り、テーブルに置いた。彼女は海斗の耳元でささやいた。


「いつも優しい伏見君は可愛いね。ねえー、海斗君! ウフ」


 森幸乃は背もたれ超しに軽くハグをした。すっかり森幸乃のペースである。やばい、遂に充電ゲージが振り切れた。益々まずい。


「ガチャ!」


 玄関の鍵を開ける音がした。森幸乃は海斗からサッと離れた。

「ただいま、幸乃。お友達が来ているのかい」

森幸乃のお母さんが帰って来たのだ。海斗の息子は一気に消沈した。


「おばさん、お邪魔しています」

海斗はタオルで頭を拭いた。

「まあ、まあ、高校生の裸なんて、刺激的だね。お父さんから聞いたわ。あなたね、前にクレーマーをやっつけてくれた人は。その際は有り難う。お世話になったわね」  

 森幸乃は答えた。

「伏見君はお店の恩人だよね~」

 海斗は照れた。

「もう、調子に乗せないでよ。その節はご馳走して頂き、有り難う御座いました」


 森幸乃のお母さんも麦茶を入れてゴクリと飲んだ。

「さっきの雨、凄かったわね。私も動けなくなって、しばらく美容室で待たせて貰ったのよ。それで帰って来たところなの。伏見君も幸乃も大変だったわね」


 森幸乃はワイシャツが乾いた事を確認して、海斗に声を掛けた。

「もう、大丈夫ね」

 海斗はワイシャツを着て、森幸乃と一緒にお店に下りた。

マスターに挨拶をして、喫茶店を出た。

「森さん、有り難う。またね」

「伏見君、今日は楽しかったわ、またね」


 森幸乃は、海斗を送り出し部屋に戻ると、今日二人で撮った写真を見返すのであった。良い写真が沢山撮れ、楽しい夏の思い出を振り返った。

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