第18話 うなぎ屋遠藤

 期末テストが終わり夏休みが始まった。今年の夏はとにかく暑い。クラスメイトの遠藤駿の家は、うなぎ屋を営んでいる。七月下旬の土用の丑の日は、繁忙期のピークを迎える事から、この日の前後一週間に短期のアルバイトを募集しているのだ。もちろん、まかない付きだ。遠藤駿は今年も海斗と松本蓮に声をかけていた。


 今日から二週間のアルバイトが始まった。主な仕事内容はウナ重の配達と、空き時間は店内で配膳をする仕事だ。


 遠藤は海斗達の前に立った。

「伏見、松本、今年も手伝ってくれて有り難う。しばらく宜しく頼むね」

「遠藤、任してくれよ、なあ海斗」

「ああ、去年は慣れた頃に終わりだったから、今年は即戦力だぜ!」

海斗と松本蓮は肩を組んだ

「あれ、そこにいるのは田中だろ、田中も遠藤の所でアルバイトしていたのか?」

「うん、遠藤君にお世話になっているんだ」

 遠藤駿は田中拓海の背中を叩いた。

「田中はね、半年前から手伝って貰っているんだ。とっても真面目で常連さんにも、受けが良いんだよ」

経営者みたいな態度に松本蓮は遠藤を茶化した。

「よっ! 遠藤社長、」

遠藤駿は親の前なので、苦笑いをして頭を掻いた。


 早速、店の電話が鳴った。遠藤駿の母は電話を取り、厨房へ伝票を回した。遠藤駿は海斗達に注文内容を伝えた。

「注文が入ったから、二人の出番だよ。注文先は関内にある羽衣商事。海斗達も知っている、京野の会社だよ」海斗は言った

「京野の会社から、いくつ注文が入ったの?」

「流石、京野君だよ。十人前だよ! ウチの大お得意先だからね。……だから学校でも頭が上がらなくてね」

 松本蓮は続いた。

「偉いな、遠藤。ホント経営者みたいだな」

「そんなに持ち上げるなよ、照れるよ」

鰻が焼き上がると、海斗と松本蓮はうな重を自転車に乗せて羽衣商事に向かった。


 ここはオフィスビルが立ち並ぶ関内駅の周辺に有る羽衣町。中でも目を引くガラス張りの大きな建物が羽衣商事の本社ビルだ。


 海斗達はエントランスに入った。大きなホールの正面に受け付けが有り、綺麗なお姉さんが対応していた。ホールの右側には打ち合わせブースが並び、左側にはソファーが有り数人のビジネスマンが腰を下ろしていた。

 松本蓮は雰囲気に飲まれた。

「すげーな海斗、ここが京野の会社か、こ、このうな重、誰に渡せばいいんだ?」

「まあ落ち着いて、受付に聞いてみよう」

海斗は受付に事情を話すと、女性は答えた。

「左手奥へ進みエレベーターで六階に行って下さい。カウンターが有るので、そこで再び声をかけてください」


 海斗と松本蓮は六階に上がった。エレベーターを出るとカウンターが有った。

一年振りであったが、海斗は慣れた口調で呼びかけた。

「毎度、有難う御座います。うなぎ屋遠藤です。うな重を十人前お持ちしました」

奥から品の良い女性が現れた。

「有難う遠藤さん。お代はココに置くわね」

 彼女は代金を入れた封筒を置いた。海斗は封筒の中身を確認して、領収書を渡した。

「お釣りがなくて、助かります」

「まあ、丁寧な子ね」


 すると、彼女の後ろから京野颯太が現れた。

「白鳥さん、遠藤のうなぎ来た? あれ、遠藤じゃなくて伏見君と松本君が、運んで来てくれたのか、お疲れ様。僕が会議室に運ぶから、白鳥さんはお茶を入れてくれますか?」

「はい、解りました」

 京野颯太は、うな重をもって会議室に向かった。

OLの白鳥さんは微笑んだ。

「あら、颯太さんのお友達なの? 颯太さんは仕事が出来るのよ。社内でも評判なんだから、また、注文した時は宜しくね」

彼女も受付から離れて行った。


 海斗達は出前を済ませ、エレベーターに乗った。

「なあ海斗、京野のやつ、何か大人びていたよな。高校生の俺達が子供に感じるよ」

「俺も思った。会社の京野はもっと、お坊ちゃましているのかと思ったら、スーツまで着て、キビキビしていて驚いたよ。出来る男って感じがして気が引けるよな。あれが露天風呂で倒れた同じ人物とは思えないよな」

海斗は松本蓮の顔をみて笑った、松本蓮もそのギャップに笑ったのだ。


 二人は、うなぎ屋遠藤に戻った。遠藤駿は海斗を見た。

「なあ伏見、凄かったろう?! 京野君の会社」

「凄かったよ、蓮なんか、雰囲気に飲まれてさあ」

「海斗が一緒にいてくれて良かったよ、そもそもどこに持って行くのか解らなかったよ」

「俺も最初の頃はビビったよ。大きな会社だし、おまけに学校では同じクラスだもん」松本蓮は答えた

「あれじゃあ頭が上がらないのは解るよ。学校が如何に平等なのか、社会に出るとその差が分かるよな」


 松本蓮が店内を見回した。

「田中の姿が見えないようだけど」

「さっき出前に行って貰ったよ。配達先はどこだと思う? 中山さん家、中山美咲の家だよ!」

 海斗は驚きながらも、肩を落とした。

「えー、俺が行きたかったな!」

「お客さんが来ているらしいよ」松本蓮も続いた

「京野に、中山さん、クラスに二人もお客がいたら、ますます頭が上がらないよな」

「そうなんだよ、それにミスグランプリの橋本さんも来るんだぜ!」

 遠藤駿は自慢げに話した。遠藤駿は部活でラグビーをしている。体も筋肉質で大きい。しかし見た目とは逆に、人当たりが良く優しい性格をしているのだ。これも商売人の息子らしい一面なのだ。


 配達に出た田中拓海は、中山美咲の家に着いた。

「うなぎ屋遠藤です」

 玄関ドアを開けると、仁王立ちをした中山春菜が立っていた。

田中拓海は、もう一度言った。

「うなぎ屋遠藤です。うな重を四人前お持ちしました。」


 陽菜は右手にVサインを作り、横に倒し手の甲を右目に押し当てた

「貴様は誰の手先だ、我が瞳に宿すレッドアイ・ブラックドラゴンが、お前を漆黒の闇にに引きずり落としてやる。命が惜しくば、目の前から消え去るがいい」


 奥から中山美咲が慌ててやって来た。

「あら田中君じゃない! 遠藤君の所でアルバイトしているの?」

「そうなんです。あの女の子は?」

「妹の陽菜よ。ちょっとイタイ所、見せちゃったわね」

「いや、陽菜さんは、とても神秘な女の子ですね。とってもステキです」


 田中君も同じ種類の人なのかしら、中山美咲は苦笑した。陽菜はまだ続いていた。

「お前には我が魂の叫びが聞こえないのか、早くシスターから離れろ……」

 中山美咲は田中拓海にお金を払い、慌てて玄関のドアを閉めた。まじめな田中拓海は台詞やポーズに、中二の頃を思い出し心を引かれたのだった。


 海斗達は数件の配達を終えた。時間は三時になり昼の部が終了した。これから昼食となった。アルバイト初日は特別に、まかないに大盛りのうな丼をご馳走してくれた。二人は感謝して箸を付けた。海斗は話しかけた。

「遠藤、まかないにうなぎって、なかなか無いよな。凄く楽しみにしていたよ」

 松本蓮は嬉しそうに言った。

「遠藤、有り難う。精を付けて二週間がんばれそうだよ」

「ホント、ホント。そう言えば田中は中山さんの家に行って来たんだろ?」

「うん、それがさ、びっくりしたよ。中山さんの妹って神秘的なしゃべり方をするんだよ。我が瞳に宿すレッドアイ・ブラックドラゴンがお前を……てさあ」


 海斗は笑った。

「ハ、ハ、ハ、会ったの? 陽菜ちゃんだね。あの変わった女の子」

「伏見君は知っているの?」

「ああ、知っているよ。中山さんの家で勉強した時に会ったよ。あの子、中学三年生だって。来年、我が学園を受験するらしいよ」

「陽菜ちゃん、うちに受験するんだ~」

田中拓海は彼女に心を引かれていた。

「中山さんは、居た?」

「居たよ、妹を見られて恥ずかしがっていた」

「なんか目に浮かぶなあ、妹の仁王立ちと慌てる中山さん、見たかったなあ」

 海斗は遠藤駿を見た。

「遠藤は中山さんの妹、知っている?」

「俺は前に配達した時は、妹さんは未だ普通だったかな。さあ、夕方から忙しくなるからしっかり休まないとね」

海斗達は夕方の仕事も無事にこなし、初日のアルバイトが終わった。


 四日目の夜だった。この日も日中に比べ、夜は企業からの注文が少なくなった。配達が少なくなる反面、焼きたての香ばしいうなぎを求めて来店客が多くなるのだ。


 海斗と松本蓮は、配膳の仕事をこなしていた。遠藤駿と田中拓海は一階を担当し、海斗と松本蓮は二階を担当した。

 一階に通されたお客さんが、近くにいた田中拓海に声をかけた。田中はお客さんの話を聞いて、何度も頭を下げていた。

 遠藤駿は、田中の異変に気が付き、田中の元に歩み寄った。すると遠藤駿は顔色を変えて親父の元に小走りに行った。

 店内は多くのお客さんが、うなぎの焼き上がりを待っていた。一階の厨房で作られたウナ重は、食品用のエレベーターに乗せられ二階の配膳室に送られた。海斗達は上がって来た、うな重をお客様に配膳するのだ。


 ある時から食品用エレベーターが動かなくなった。海斗は不思議に思った。

「なあ蓮、どうしたんだろう? こんなに注文が残っているのに」

「俺も不思議に思っていたんだ」

「ちょっと厨房を観てくるよ、二階を頼むね」

 海斗は、一階に行き厨房を見回したがオヤジさんは居なかった。客席に行くとオヤジさんが、お客さんに頭を下げていた。


 海斗は遠藤駿に事情を聞くと、ウナ重の下にゴキブリが入っていたと言うのだ。

「大変なだな遠藤、それはオヤジさんに任せて、うなぎを焼かないと他のお客さんに迷惑がかかるよ」

「でも、こんなに忙しい時間に、うなぎを焼いたこと無いし。一人じゃ、捌ききれないよ」

「じゃあ、田中を使ってみれば、半年も働いているんだろ。お前の手元ぐらいは、やれるんじゃないか、きっと。こんな時に頼りに出来るのは息子だけだよ」

「ああ、そうだな、こんな時だからこそ、やってみるか! 頑張らないとな」

遠藤駿は、田中拓海を厨房に呼んで焼き始めた。


 海斗は、これで他のお客さんに迷惑がかからなくなると思い少し安心をした。二階に上がる前に海斗は怒っているお客さんを遠目で見つめた。しばらく考えた、見覚えのある男だった。はっとして二階に駆け上がった。松本蓮に一階の出来事を伝え相談をした。


 二人は作戦を練り一階に下りた。海斗は頭を下げているオヤジさんにメモを渡した。オヤジさんはメモを見て確信した。

「あんた! この忙しい時に、こんなマネをしてただで済むと思っているんですか!」

客は態度を変えた店主に驚いた。


「可笑しいと思っていたんだ。こんなに熱い厨房で忙しく焼いているのに、虫なんか出る訳がねえってな!」

 海斗は客を見つめた。

「クレーマーのおじさんだよね。俺、覚えているよ。元町の喫茶店で俺が腕を掴んだよね!」


 クレーマーは海斗の顔をじーと見た。松本蓮が歩み寄った。

「おじさん! 変な事、しないでね。今、動画を撮っているからね」

クレーマーは海斗と松本蓮の顔を思い出したのだ。

「ははは、何の事かな~、お腹いっぱいになったから、そろそろ帰るよ」

客は急に席を立ち、代金をテーブルに叩き付け、出口に向かって走っていった。


 オヤジさんは言った。

「二度と来るんじゃねえよ!」

クレーマーは慌てて出て行った。オヤジさんはホッとした。

「伏見君、有り難う。礼は後でするからね、こうしちゃいられねえ」

オヤジさんは厨房に走った。海斗も松本蓮も二階に上がった。


「蓮、上手くやったな」

「海斗こそ、上手くやったよ! 動画は上手く撮れたかな?」

「ばっちりだよ! 校長先生のお陰だな」

二人はハイタッチをした。


 まさか、あのクレーマーに二回も会うなんて、思ってもいなかったのだ。アルバイトを終えると、オヤジさんが海斗達の元にやって来た。


「今日は助かったよ、俺もどうしら良いか困っていたんだ。メモを見て合点したんだよ。虫なんか居る訳が無いってさあ。今日はお礼に馳走するよ。上ウナ重で良いかい?」

 海斗達は喜んだ。

「えーホント! オヤジさん、そんな高級なものを有り難う御座います」

「礼を言うのは、こっちの方だよ。あれだけのお客さんが居たんだ。悪い評判でも立ったら大変な事になるからね。それに駿を厨房に入らせたなんて、俺はビックリしたよ。駿がいてくれて頼りになったよ」


 その日の終わりに、海斗達は毎日運んでいるが、食べた事の無い上うな重を食べた。

「海斗! 美味しいな、こんなご馳走を食べられるなんて、夢にも思わなかったよ」

「俺もだよ。凄いよ蓮、ご飯の下にまた、うなぎが入っているよ」


 遠藤駿は海斗達のテーブルに着いた。

「伏見、松本、今日は本当に有り難う。オヤジがとっても喜んでいてさあ、俺、あんな事、初めてだったから、ただたた驚いて。何も出来なかったよ」

「俺たちは二回目だもんな、海斗」

「そう、一回目の時は俺も考えられなかったけど、色々反省して学んだんだ」

「あ~、知っているよ。学校中の噂になったクレーマー事件だろ。あれ、本当だったんだ。凄いな、お前達は。あいつ逮捕されたんだろ。でも今回はお金も置いていったし、警察には相談出来ないよな。悔しいな、あんな事されてもあいつに何も出来ないなんて」


 松本蓮は、にやりと笑い、遠藤駿のスマホに動画を送った。

「今、遠藤宛にクレーマーの動画を送ったから、オヤジさんと相談して使ってくれ」


 遠藤駿は、またまた驚いた。

「えー、何でこんな事まで、やっていたの!」

「だから反省して、学んだんだよ、なあ海斗」

海斗も松本蓮も、誇らしげに笑った。


 後日、遠藤駿はオヤジさんと相談して、この動画を警察に提出した。クレーマーは逮捕まで行かなかったものの、厳重注意を受けた。その後も海斗達はアルバイトを順調に勤め上げ旅行代を稼いだ。

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