第10話:将来が見えなくなる時
母親はあることが心配になっていた。それは、夫の連れ子の長男・正貴の就職と次男・知貴の進路だった。特に知貴は今年、大学受験を控えているため、学校からは「そろそろ志望校を決めてください」と念を押されていたが、彼はまだ悩んでいたのだ。それは、彼が学びたいと思っている経済学と経営学を並行履修できる大学は東京に7校、大阪に5校、福岡に8校、いずれか一方なら彼の現時点の成績で合格できる学校は約80校程度ある。しかし、彼としては並行履修を希望しており、20校から志望校を選ぶしかなかった。
まず、地元である東京の大学を見てみると彼の偏差値が65に対して7校とも70~75と彼の偏差値よりも高いことが分かった。そして、大学によっては並行履修の場合、休日に授業があり、夏休みも他の学科よりも2週間ほど少なくなる。つまり、卒業認定単位に関しては2学科分取得しなくてはいけないということになり、1年次から3年次までは年次によって授業数は変わるものの朝は8:30から1日最大で20:00まで授業が入っているのだ。そうなると、今やっているアルバイトもシフトを減らしてもらうか、深夜帯のアルバイトを検討しないと通学する事が出来ない。
そのため、東京以外の大学になるとアルバイト先を見つけなくてはいけないし、アパートも見つけなくてはいけないということになり、都市間を何度も往復しなくてはいけないということになる。
そのことが彼の進路決定に暗い影を落としていたのだ。
両親は「あなたが東京の大学に行って一人暮らしをしたいなら一人暮らしをしても問題はない。その分に関しては支援出来る範囲でするから出来るところまではやってみなさい。」と彼に伝えた。
もちろん、この話は東京の大学に受からないと話にならないが、彼の学力で受かる可能性があるのは東台経済大学か倉持経済大学で2つとも単願(経済経営学部)の場合なら合格可能性が60~70%と高めに出ていた。しかし、この2つは私立大学でかつ学費が年間140万と他の大学から比べると割高なのだ。他にも日本国際経済大学があるが、こちらは偏差値が70で、国立大学で学費も年間60万+海外留学積立金のため、前に挙げた2校よりも学費も安くなり、卒業生のパイプも太く、代表的な卒業生には大手商社の海野トラストホールディングス代表取締役の海野健志朗、大手貿易商社の村本トレーディンググループ会長の村本健弘など日本では有名な経営者ばかりが卒業している大学なのだ。
そのため、彼は学校の進路調査票には第1志望が日本国際経済大学 国際経済経営学部、第二志望が東台経済大学 経済経営学部と書いて学校に提出した。
そして、先生との面談である事実を告げられた。それは、“今年の模試で経済系の大学を志望している今年度卒業予定の生徒が昨年よりも増えていて、かなり競争率が高い”ということだ。その背景にあるのが、“受験生のある葛藤”だと言われていた。
それは例年だと“自分のやりたいことに直結する事を大学で学びたい”という夢の実現のために大学に行き、そこから夢を目指す生徒が多いのだが、今年は“大学を卒業して自分の頭の中にあるデザインを実現したい”という志望校選びの段階で実現させたいという実効性重視する生徒が多く、例年とは異なっている傾向があった。そのため、経済・経営・理工学部の志望者が現時点で男子生徒の志望者の約6割を占めていたのだ。
その話を聞いて彼は少し自信がなくなったが、彼の中には揺らぎない目標と信念を持っていた。
一方で長男の正貴は4年生になっても就職の内定をもらえず、場合によっては正社員ではなく、契約社員として入社することも検討していた。しかし、父親は“男なら正社員で働けなくてどうする”という考え方の人だったこともあり、“志望している職種の正社員として働きたい”と“妥協して別の職種で就職活動をしないと正社員になれない”という2つの気持ちで揺れ動いていた。彼の場合、資格などはたくさんあるのだが、弟の知貴と違い、アピールすることや自分を売り込むことが幼少期からすごく不得手で、人との関係はきちんと出来ても少しでも不得意なことが出来ると焦りが出てしまい空回りしてしまうのだ。彼が現在通っている龍徳大学に入学した当初も友人が出来ず、バイト漬けの毎日を過ごしていたのだ。そのため、バイト先ではバイトチーフとシフトリーダー、ゴールドバイトマンの称号を持っている優秀バイトの1人だったこともあり、就職活動には自信があった。しかし、彼は3年生の秋からインターンや企業の説明会などに何度も参加し、企業研究には余念がないほどやりこんでいた。それだけにここまで30社受けて全滅ということもあり、半分挫折しかけていた。
そして、菜花は新年度になると受験生のクラスに入ることになるが、今の成績では中学校受験は絶望的だという先生からの学習評価が出ており、何とかして頑張らせないといけないのだが、彼女はどこか不安が先行している事に違和感を覚えているような気がしてならない。
そして、悠花は少しずつ成績が良くなり、先生からも「受験するのも選択肢として検討してみては?」と言われたことで母親にこれまで言われてきた意味が分かった。
ただ、姉妹には不安なことが1つあった。それは、同級生の親たちのネットワーク内での噂話だった。実は菜花は周囲に受験の話しはしていないが、他の同級生の親が「○○くんは光台中学校を受験するみたいよ。あの子なら簡単に合格するでしょ」や「○○くんは光台中学校無理じゃない?あの子の家経済的に苦しいって聞いたし、○○君は成績良くないから特待生なんかでは入れないでしょ」と周囲から受験すると聞いた同級生の話を偶然聴いてしまった彼女は精神的に辛くなってしまったのだ。
そして、菜花の場合はいじめられていた過去もあり、そういう噂話をされることで当時の嫌な記憶がフラッシュバックしてしまう可能性もあり、周囲に伝わらないように何とかして隠しながら受験が終わって欲しいと思っていた。
そして、彼女が頑張って勉強していたある日のことだった。その日は学校で最後のテストがあり、このテストが受験コースのクラス分けテストと同じ意味を持つことになる。
しかし、教室に入ると2席空いていた。しかも男子。彼女は“その子たちは無茶なことをする子でもふざけるようなこともないのになぜ?”と思った。その時、学年主任の先生がすごく焦った形相で教室に入ってきた。その先生の口から「今朝、大きな交通事故があったので、今は各担任の先生が現場に向かっています。なので、今日の朝の会は出来ません。従って、先生たちが戻るまで自習してください」と言われた。この話を聞いたときには彼女はびっくりした。確かに、遠くでいろいろなサイレンが聞こえていたのは覚えているが、まさかここまで大きな事故だとは思っていなかった。
そして、その事故に遭ったものの、軽傷だった他のクラスの子が学校に登校してきた。その子から話を聞くと大通りから学校の入り口にある公園側に向けて横断歩道を渡ろうとしたところ突然車が突っ込んできて、その時に1番外にいた啓太と竜朗、幸輝、剣一朗、正貴が下級生をかばい、車に頭をぶつけたというのだ。下級生はかすり傷か打撲で済んだが、1番外にいた5人は複数箇所の骨折と頭蓋骨骨折で救急搬送され、そのまま入院となり、登校班の学年リーダーだった啓太はぶつかったときの衝撃で股関節脱臼をしている事も分かったのだ。
啓太は彼女のクラスでは成績優秀と言われていて、先生たちからも一目置かれるような児童だった。そして、誰にでも優しく、困っている人を見ると手を差し伸べて寄り添うような子だった。
その子が危篤状態になり、学校にいつ来られるか分からない、再び元の彼に戻るか分からないという状態になっていることは同じクラスの子だけでなく、今まで彼が寄り添ってきた子たちにも衝撃が走っていた。
そして、テストは3科目が翌日に延期され、その日は代わりの先生が授業をしてくれることになった。
その日の授業が終わり、塾に向かうと隣の学校に通っているグループと合流した時も今朝の事故の話になった。なぜ知っているかというとその事故の現場をスクールバスで高校に通っているその子のお姉ちゃんが登校するためにバスに乗っているときに偶然遭遇したというのだ。そして、その時に撮った写真を見せてもらったがすごく物々しい雰囲気だったという。そして、みんなで塾に行って来年度の学習計画表と受験校別の傾向と対策、過去問題集の申込みを済ませて、授業を受けるために教室に入った。今日事故に遭った子もこの教室で一緒に勉強している子だったため、その子の席が空いているとどこか寂しい気持ちになってしまい、授業に集中出来なくなってしまった。
そして、翌日になり学校に行くと車椅子に乗った竜朗が登校してきていた。2日ぶりに見た彼の姿は以前の彼の姿からは想像が出来ないほど変わってしまっていた。
実は菜花は入学した頃から彼に優しくしてもらう度に彼の事が好きになり、彼がいると言うだけで嬉しくなっている自分がいた。しかし、最近はお互いに受験に向けて頑張らないといけない時期のため、その先にはまだ進めていないが、彼女の中では啓太君が振り向いてくれると良いなと思っていたのだ。
愛は星屑のように NOTTI @masa_notti
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