第9話:受験戦争
菜花は5年生の3学期に入り、来年は受験が本格化していくことになる。そして、彼女は志望校である光台中学校の学校研究を本格的にスタートさせていた。その中で彼女は1つ疑問に思うことがあった。それは、“卒業生の進路一覧”・卒業生の就職一覧“という他校では前者のみが多いところで、両方出しているという点だ。
もちろん、学校の卒業生がきちんと情報を学校側に提供してもらえるようなシステムや信頼関係が構築されているということも大きいが、このように先見性を重視した情報を提供してもらえていることで受験生側も学校選択をしやすくなるというメリットがある。そして、光台中学校は他校に比べるとグローバル教育や若年性キャリア教育の第一線を走っており、学期に数回ある外部から卒業生などを呼んで、キャリア講演会や模擬起業体験など就職を先に見据えたプログラムが多数用意されていて、中学2年生になるとアメリカ、イギリスの各姉妹校への海外研修プログラムが組まれているほど国際教育に徹底したこだわりを持っている学校だということが分かった。
彼女は今、ある岐路に立たされている。それは、“特待生・準特待生選考試験”という入学試験で上位10人に入ると順位に応じて学費の補助が卒業まで受けられる権利が与えられるのだ。そして、昨年度の受験者上位10人の点数は295点から280点と比較的高得点で推移していることが分かる。そして、上位10人の当落線上にいた受験生は275点と大問1個分の差しかなかった。しかし、彼女は直近の模擬入試では260点から270点とかなり調子を落としていて、今彼女が通っている塾の光台中学校の志望者の得点平均が彼女以外で約258点、彼女の点数を入れると263点ということはあるが、受験志望者全体を見ると平均が281点とかなり得点水準が高く、今の彼女の学力では合格することが精一杯だった。そのため、彼女はショートスランプのような状態になり、学校の成績にも影響し始めてしまったのだ。
この事を心配した両親が担任の先生に相談したが、彼女の状態を考えると何らかの指導をして持ち直すことはかなり厳しいのではないか?という見解を示していた。
なぜなら、彼女の場合は成績が落ちてきていることも問題なのだが、受験とはこういうことも起きるという事を身体に覚えさせることも1つの手段だからだ。
そして、数日後に3学期の期末テストが始まり、このために友達と遊ぶことを封印して猛勉強をして、彼女はこれまで勉強してきたことを全て出しきった。この時彼女は少し気持ちが揺らいでいたことはこの時は誰も知るよしがなかった。
テストが終わり、あとは学校の春期講習、塾の春期講習、全国中学校模試など受験に向けた模試や講習を残すのみになったが、彼女の心理が少しずつ変化していた。
なぜなら、彼女は“受験をしたいが、今の自分の学力など現実を見たときに受験を失敗してしまうのではないか?”という受験生が陥りやすい心理状態に陥っていた。そのため、彼女はこれからどうするべきなのか迷っていたのだ。
この事は担任の先生も塾の先生も知らなかったため、この事を最初に打ち明けられたときは“彼女からこんな言葉が出てくる日が来るとは・・・“先生たちもびっくりするほど想定外の出来事だったのだ。
先生たちは彼女に何という言葉をかけてあげるべきなのか分からなかった。
なぜなら、最近の彼女を見ていても以前のような意欲や覇気を感じられなくなっていた。そして、いつも積極的に挙手をして授業に参加する子供だったのだが、最近は挙手をしなくなり、他の子たちの発言をただ単に聞き、ノートにメモを取っているような状態だった。
そんな彼女を見ていて何も出来ないことに先生たちはもどかしい気持ちを抑えきることは出来なかった。そして、彼女が突然このような行動に出たのも疑問に思っていた。
そして、このような状態になってから3週間後、彼女が5年生最後の担任の先生との学期末面談でその理由を説明した。彼女が先生に説明した理由とは“私の実力がないので、本当に受験して良いのか分からないし、自分が受験して学校の名を汚してはいけないと思ったから”というのだ。
実際に彼女の最終的な学年成績は学年で60人中20位と上位には入っているが、受験者全体で見るとまだまだ成績が悪い状態になっている。そのため、彼女が仮に受験したいと言ったとしても合格が全くと言って良いほど見込めないのだ。
そして、この頃から彼女は学校でも塾でも周囲を気にするような行動が増え、妹たちも心配していたのだ。
なぜなら、お兄ちゃんも受験、お姉ちゃん人も受験と今年は静かな1年になることが分かっていたため、まだ実感のわいていない彼女はどこか物足りない感じがしていた。そして、悠花は来年度から3年生になるのだが、学校で勉強についていけず、「お姉ちゃんたちのようにもっと頭が良くならないのかな?」と思っていた。
そして、彼女も塾に通っているが、彼女は直近の統一テストでクラス40人中35位と成績が振るわず、両親から“なんであなたはお勉強できないの?”と塾で試験がある度に説教されていた。そのため、彼女はある時は“そんなことを言うなら塾なんか辞めてやる!”と両親にコップの水をかけたこともあった。
これは、彼女がこれまで我慢してきたいくつもの出来事に対する不満が爆発したのだろう。彼女は末っ子だったが、双子の妹が生まれて、今までのようにお母さんが大事にしてくれることもないし、“お姉ちゃんなのだから”という言葉をかけられたことでへそを曲げてしまい、妹たちに対して敵対視を繰り返すなど行動が荒れていった。しかし、彼女と12歳年が離れている兄・正貴が返ってくると一緒にお買い物に行って好きな物を買ってもらう、一緒に遊んでもらうなど両親に対しての態度とは全く違う彼女を見せていた。
その姿を見て、両親は“悠花の真似を彩菜と優菜がしないだろうか?”と心配になった。というのは、成人した兄弟から「最近、妹たちから連絡来ないけど何かあったの?」と聞かれることもしばしばで、たまに弟である賢太が遊びに来ることもあったが全くと言って良いほど興味を示さなかった。
これは、菜花本人が受験に対して真剣に向き合っていこうとしているのかもしれないが、一方で彼女がこのままスランプが長期化して、自分を追い込んでしまうことで道を外さないか心配だった。
翌日、菜花は悠花と一緒に学校に行こうとしたが、“1人で行くからいい”と言って勢いよく飛び出した。そして、彼女はその日は菜花と同じ時間に学校が終わることになっていたのだが、待っていても来ない事から悠花の担任である村田先生に「3年生は帰りましたか?」と聞くと「3年生は今日3時下校だから集団下校で帰宅しているはずだけどな・・・。」と言われて虚を突かれた。
彼女は待たせていた友達と一緒に帰路に就いた。道中、同級生が「菜花ちゃんは悠花ちゃんとうまくいっているの?」と聞いてきた。すると、彼女は「うまくはいっているけど・・・」と話しを濁した。
そして、その子には2歳ずつ離れた弟と妹がいるのだが、お姉ちゃんが受験すると話したところ口を利いてくれなくなったという話を以前していた事を思い出した。
菜花は「茉梨ちゃんはどうやってコミュニケーション取っているの?」と聞いてみた。すると、彼女は「うちは兄弟とは部屋が分かれていて、女の子2人は完全個室だから部屋に呼んで遊ぶ、リビングでゲームをするくらいかな。弟とはリビングで遊ぶくらいで何もないよ」というのだ。
その時、菜花は弟が遊びに来たときの悠花の不機嫌そうな顔をした理由が分かった。それは、賢太が「今日からママの子だね」と発言したことがきっかけで遊びに来る度に母親に対して甘えている姿を見た時に彼女が“私のママなのになんでそういう事をするのだろう”という気持ちになったことが要因だったのだろう。
そして、話しているうちに家の前に着き、先に帰っていると思っていたため玄関を開けようとすると鍵が閉まっていて、インターホンを押しても反応がないのだ。
彼女は今日の塾が始まるのが5時からだったため、まだ行っていないと思った。そして、家の前にある自転車置き場に自転車を確認しにいったのだが、彼女の自転車はなく、妹2人の自転車はあった。
そこで、彼女は母親から渡されていた家のメインキーを使って中に入った。すると、妹たちがリビングで静かに待っていたのだ。そこで彼女は「あれ?悠花は?」と聞くと彩菜が「お姉ちゃんお友達の家に遊びに行ったよ」というのだ。この話を聞いて菜花はやり場のない怒りを覚えた。
なぜなら、今日は塾だったため、あと15分で家を出ないと塾に間に合わないのだ。そして、彼女の場合はテストと模試が近いこともあり、欠席するとそれだけ周囲と後れを取ってしまうだけではなく、受験するときのクラス平均にも影響がでるため、クラスのメンバーにも迷惑が掛かるのだ。
急いで、妹たちに誰の家に行ったのかを聞いたが、何も言わずに出て行ったということで探しようがなかった。
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