第8話:受験という名の戦場へ
菜花は5年生の授業を何とかこなしていた。しかし、彼女の場合は学習塾には通っていたが、受験生が多い塾ではなく、そのまま進学する子供達が中心の塾だった。そのため、学校では受験対策をしているが、塾では受験対策ではなく、今やっている授業の応用が中心になっていた。
そこで、菜花はお母さんに“受験生が多い塾に通ってみたい”と言ったのだ。もちろん、母親は承諾したが、母親がどこか不安を感じていたことは言うまでもない。
なぜなら、彼女が受験をすると言ったのは4年生の時でその時はまだ塾には通っていなかった。そこで、知り合いのお母さんで子供に受験をさせた人がいた。その人に聞いてみて、どこにするかを決めることにした。しかし、本格的な受験生向けの塾は月謝がかなり高く、小学生までは夜20時以降に授業が終わる場合には両親が送り迎えをしないといけないというルールがあり、母親も繁忙期などは20時に迎えに行くことは難しかったため、交代で迎えに行くことが出来ないか模索していた。
彼女が塾に行きだしてから成績は上がったが、受験生などが受けている講義などは6年生になってからでないと始まらない。そのため、学校で私立中学校を受験する同級生たちと話しても塾でやっている場所の範囲が異なっていたため、どんどん受験をする子たちから遅れていってしまうのではないかという不安を感じていたのだ。しかし、彼女は塾を移りたいと思っていたが、両親が認めてくれるかどうか分からないことを考えると不安がかなり積もっていたのだ。
そして、この事を両親に話し、5年生の夏からは本格的に受験勉強をするために家から少し離れた大手企業が経営する受験生がたくさん在籍している塾に転塾したのだ。
これは彼女にとってはこれまでの環境では受験できる学力に到達することは難しく、みんなから遅れることは避けたいと思ったのだ。そして、環境に甘えることなく、正面から受験に対して立ち向かいたいと思ったことも今回の転塾を決断した背景にある。
そして、転塾して初めての授業日に彼女が塾の教室に入ると、同じ学年の子たちがテキストを開いてお互いに分からないことを質問し合っていたのだ。これは、これまでの塾とは異なり、彼女にとっては初めての感覚で、彼女は“こんなに自分の感覚がズレを起こしていたのか”と痛感したのだった。この塾では“授業開始前に予習して”・“授業中は授業を聞いて”・“終わった後には先生に質問する”というスタイルだった。
その時、彼女はふとあることが頭をよぎった。それは“私は本当に中学校に受かるのだろうか?”ということだった。
確かに、彼女が今まで通っていた塾では授業前は同じクラスの子たちと雑談しながら先生を待ち、授業中は授業を聞いて、授業後は荷物をまとめて帰るというのが一般的なことだったこともあり、彼女の中では“中学受験なんてこんなに楽なのか?”という気持ちがどこかに芽生え始めていたのだ。そのため、彼女が学校に通っている学校の同級生の菜花に受験生がたくさん通っている塾に行っている子が数人を除いてほぼ全員いるが、その子たちとの温度差を以前よりも強く感じるようになってきた。なぜなら、有名受験校に通っている友人たちは授業を真面目に聞くというよりも復習程度で授業を受けていて、予習したことで分からない部分だけを先生の説明から抽出してノートに書いていたのだ。そして、休み時間に亜佑美ちゃんと話していて、「そういえば菜花ちゃんは塾行っているの?どんな参考書使っているのか見せて」と言われたのだ。彼女は塾のバックを学校に持ってきていたため、参考書をバックから取り出して彼女に見せた。すると、彼女から耳を疑う言葉が返ってきた。それは「菜花ちゃん本当にこれって受験対策のクラスで使っている参考書なの?簡単すぎない?」というのだ。そこで、亜由美ちゃんが塾で使っている参考書を見せてもらった。菜花はその教科書を見てびっくりした。なぜなら、彼女の使っている参考書は小学生では習わない内容や過去の有名私立中学校の入学試験で出題された過去問題と応用がページいっぱいに書かれていたのだ。そして、ページ数も菜花が使っているのは本編のみで合計200ページ前後だが、亜由美ちゃんたちが使っているのは本編と応用問題、有名私立中学校の入学試験で実際に出た問題の別冊と合計で600ページ前後はある分厚いものだった。この時、彼ら・彼女たちが使っている参考書と自分が塾で使っている参考書のレベルが全く違うことに気がついたのだ。
そして、彼女が転塾してから初めての授業日に彼女はある現実を見せられることになる。それは、学校と同じように“起立・礼・着席”を授業の前にすること、机の上には塾で購入する参考書の他に塾で推薦されている参考書が一緒に授業を受けている塾生全員の机の上に置かれていたこと、授業内容の難易度が急上昇し、彼女のこれまで通っていた塾とは全く違う内容が展開されていて、彼女にとっては全く違う世界に来てしまったのではないかという錯覚すら感じてしまうほどだった。
その日の授業終わり、彼女は肩を落として家までの道を歩いていた。
家に向かっている途中に“本当に受験するっていうのは綺麗事ではない”・“受験するということはこれだけ競争率が高い人の集まりになるのか”ということをまじまじと見せられたのだった。
そして、家に着くと両親がご飯を作って待ってくれていた。妹と弟はすでに夕ご飯を終えて、自分の時間を自分の部屋で過ごしていた。そのため、塾がある日の夕食は家族そろってではなく、菜花と両親で食べることが増えていった。その夜から彼女は自分の部屋にこもり、ひたすら勉強していた。
そして、いつも下校後に友達と遊んでいた時間も勉強するために週二回を週一回に減らした。もちろん、他の子たちは受験が終わるまでは誰とも遊ばず、他の子たちは携帯などを買ってもらい、子供同士で連絡を取り合っていたが、受験する子たちは一切携帯などを使うことなく、勉強だけに集中していたのだ。
彼女は今年から受験勉強を始めたが、早い子になると小学校入学時から段階的に受験勉強をしている子が多い。そして、彼女の同級生にもいたが、彼女の住んでいる地域では幼稚園から受験をする子たちが多い。
そのため、小学校入学時にはすでに受験を経験している子も少なからず在籍しているのだ。
彼女はその子たちが今まで学習することで積み上げてきた知識に打ち勝つためには1分1秒を無駄にすることは出来なかった。そして、彼女に残された時間はあと約2年しかないのだ。その上、彼女の学校での校内推薦選考に残る必要があり、推薦で入学するためには学校の評定平均が4.0以上あること、全国模試で同一校志望者の上位20人に入ること、複数の課外活動や個別表彰でかつ社会的評価が高いことというかなり厳しい条件が付いているのだ。
菜花の場合は模試の成績と表彰等が条件外だったこともあり、推薦を得るためにはこの2つを出願前(6年生の11月)までにクリアしなくてはいけないのだ。
彼女は2度目の個人面談の時にこれらの条件を先生から告げられたときは天を仰いだ。なぜなら、彼女は学年では成績上位30人の中に入っていたが、全国模試は全国100位までしか入ったことがなく、最近の模試では120位まで下がってしまったこともあり、上位20位に入るためにはかなりの勉強量をこなさないといけないことになり、彼女にとっては不安要素しかないのだ。
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