第7話:人生の分岐点
菜花は今月から5年生になり、今年度から受験勉強が本格化することになる。そのため、この小学校ではクラスも全て受験校に準じたクラス編成になり、周囲はライバルしかいない。幸い、彼女のクラスにはこれまで一緒に勉強してきた茉優花や桃菜はいたが、以前のような関係性が保てるかどうか心配だった。
なぜなら、毎年5年生になると学年の雰囲気がガラッと変わり、私立受験生組は昼休みでも机に向かって勉強している。そのため、毎年そのまま進学する子供たちは休み時間を静かに過ごさなくてはいけない。という古くからの言い伝えのようなものがある。そして、掃除の時間も受験生組は自分たちで掃除を行い、校内活動は全て参加を免除とかなり受験生組が優遇されているのだ。
そのため、毎年普通クラスの子供たちの親からクレームが入ることも担任に任命されたときから覚悟しなくてはいけない。ただ、この学校の鬼門と言われている高学年ブロックは担任を希望する先生は少ない。理由は受験生組と通常進学組とのバランスを取ることが難しいこと、双方の親からのクレームが学校に殺到するなど親との関係を上手くやらないと親との信頼関係を崩すだけでなく、学校に対する信頼も揺るがす事態になる。特に受験生組の担任は“うちの子は必ず受かるように学校側から働きかけをして欲しい”・“うちの子はその辺のこと違うからその学校に行かないといけない”など従来のモンスターペアレントの更なるモンスター化した親も存在する可能性があること、仮に推薦で受験できなかった場合、裁判を起こされた事例があることなど毎日ストレスやプレッシャーを感じて、これらを児童からだけではなく、親からも受け続けなくてはいけない状態になるのだ。そのため、毎年のように担任が体調を崩して頻繁に療養休暇を取ることもしばしばだった。そして、その代理で担任になった先生もクラスで孤立し、学級崩壊を招きかねない状態になっていたという。
菜花のクラスは受験生組だが、かなりギスギス・ピリピリとしたクラス内の雰囲気が出ていた。そして、クラスメンバー全員が揃って担任の先生が入ってきた。
菜花は「またベテランの先生だよな」と思っていたが、担任の先生を見た瞬間彼女はびっくりした。なぜなら、担任の先生が昨年6年生を立て直した凄腕の担任と言われた若手のエースである田巻先生だった。この時菜花はホッとした。なぜなら、田巻先生は休憩時間以外ならとことん付き合ってもらえることで有名な先生で、授業も基礎から応用まで幅広く授業してもらえることで生徒からも保護者からも信頼も厚かった。
そして、彼女が担任の先生で良かったと思ったのはこの学校では高学年の担任は基本2年同一担任制を採っている。つまり、5年生と6年生の担任の先生は変わらないため、受験に対するフォローや相談を卒業まで同じ先生に相談することが出来るのだ。
彼女は受験をしたことがなかったため、受験について全く知らない児童の1人だった。他にも「受験について知らない」と言っている同級生はいたが、その子たちは幼稚園に入るときに受験をしていたため、“幼稚園”の受験と“中学校”受験の違いが分からないだけだった。
そういう子たちは学年に何人もいるが、彼女のように中学校受験がスタートという人は珍しいようで、昨年は彼女のように受験することが初めてという子は2人いたが、田巻先生がフォローをして2人とも見事第一志望の中学校に進学出来たという。
彼女はこの先生なら2年間自分の頑張りを評価して、自分を合格に導いてくれると思っていた。
そして、始業式と顔合わせ、ホームルームなどが終わり、下校時間になった。今日は学年別一斉下校(1~3年・4~6年)となり、彼女の地区の下校班に合流した。すると、彼女はどこか違和感を覚えた。なぜなら、いつも一緒に通っている4年生の女の子がいないのだ。その子はいつもニコニコと笑顔でグループのムードメーカー的存在だった。すると、4年生の男の子が「月渚(るな)ちゃんは早退しましたよ。」というのだ。その話を聞いて菜花は「今朝まであんなに元気だった彼女が早退をするのだから何かあったのかな・・・」と心配したのだ。そして、みんなと一緒に帰宅し、学校からもらってきた常用教科書と受験用の参考書、応用問題のテキストなどを一通り確認し、今日出された宿題に着手した。そして、夜になり母親が帰宅した時に母親に新しい担任の先生の事を話した。すると、「菜花は本当に先生に恵まれているね!」と言われたのだ。確かに、彼女の場合は担任の先生に恵まれている。これは彼女が3年生の時に隣のクラスの女の子から仲間はずれにされたときも先生が仲介する形で問題の深刻化を防いだこと、お互いに話し合って和解したことでいじめに発展する前に事態を収束させることが出来たことがある。それだけ、彼女にとっては担任の先生というのはかなり重要な存在なのだ。そして、今回も彼女は昨年の実績が認められ、校長先生からも高評価された先生が担任となって受験に向かっていく。こんなチャンスに恵まれた子の話しはこれまで聞いたことがなかった。
そして、母親から「今度学校で3者面談があるけど、予定表もらってきた?」というのだ。彼女は一瞬驚いたが、彼女の行事予定を見ると4月の中旬に彼女のクラスで3者面談が予定されていて、他のクラスも同じ時期に実施することになっていた。翌日、先生から面談希望日を提出するプリントを渡された。
ついに彼女は受験に向けた過酷な生活の入り口に立った。
何らかの大きな問題が起きてもきちんと解決出来るように菜花も両親も真剣に向き合っていこうと決めていた。
そして、翌日から受験生組である進学クラスは授業が始まる。ただ、彼女は授業が始まったとしてもこれまでと変わらないと思っていた。
しかし、翌日学校に行ってみると席が1つ空いていたのだ。彼女は「何があったのか?」と思って不安になり、すかさず茉優花に聞いた。
すると、茉優花が辛そうな声で話し始めた。それは「彼女、ある病気を患っていて・・・香奈子ちゃんから聞いた話だと昨日の夜、自分の部屋で倒れて救急搬送されたみたいだからもしかすると2週間は学校に来られないかもしれない。」というのだ。
彼女の名前は桑野有希という学年で上位を争うほど頭の良い子だった。そのため、彼女の周りにはいろいろな悩みを抱えている子たちが集まって相談していることも多く、先生たちは“学年の頼もしいお姉さん”と呼んでいたこともあった。しかし、彼女は幼少期から慢性的な貧血と低血圧、辛い経験から小学校3年生になったときにPTSDを伴うパニック障害などを発症し、学校生活に支障が出ることもしばしばだった。そのため、両親と担任を含めた教員の先生が連携して彼女の学校生活を何とか支えてきたのだ。
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