第6話:友情が変わるとき

 彼女は4年生に進級すると周囲の環境が急速に変わっていった。例えば、これまで顕著になっていた派閥グループも分け隔てなく交流できるようになり、以前のような緊迫した空気は少しずつなくなっていった。


 しかし、この時期からは2つのグループに分かれていく。それは“受験組”と“進学組”だ。特に菜花が通っていた学校は市立小学校だが、児童のほとんどが受験をする事が通例のようになっていて、高学年になると“受験クラス”と呼ばれるほどクラス編成がはっきり分かれるのだ。今年は混合クラスの最後の年ということもあり、クラス内も受験組は受験組で、進学組は進学組で固まるようになっていた。そのため、校外学習や遠足などには受験組がほとんど参加しないため、4年生以降は校外学習も遠足も学年行事として行われることは少なくなる。


 そうなると、今度はこれまでとは異なるトラブルも増えてくる。それは、模試や統一テストなどの全国試験や月例テストなどの学内試験の際に良い成績を取らないといけないという心理が働き、クラスで1人でも平均点を下げるような子がいると、受験組の子達がその子に対して「お願いだからその日は休んで」と休むように強要する姿が毎年見られていた。そのため、先生たちは毎年この時期になると気が気ではない心理状態になってしまっていた。そんなクラスを担任していると先生たちも毎年同じ状況になることは頭では分かっていてもなかなか身体が動かないということも少なくなかった。

 彼女はそういう事はなかったが、彼女の幼馴染みの子たちが被害を受けていたと知って他人事ではないなと感じていた。


そして、4年生になるとこれまでは保護者と先生の2者面談しかなかったが、2者面談に加え、子供と保護者と先生で行う3者面談も始まり、進路指導も本格化していく中で両方行われるため、先生たちの負担が重くなるのだ。


 これは全員が必ず通る事だが、毎年この時期になると派閥同士でかなり揉めることや親子間の方向性の違いが顕著に表れるのだ。そのため、先生たちは児童個々に対して正面から向き合えるよう方向性の違いを極力生まないようにして多角的にフォローできるように空き時間で子供たちの成績を分析するなどして毎年乗り越えてきた。


 しかし、今年は事情が違っていた。それは学年の児童の6割が私立進学を希望していて、そのなかでも3割が同じ学校への進学を希望していたのだ。先生はまさかの事態に頭を抱えてしまった。


なぜなら、3割の子たちが進学希望しているシャインスター学園高校付属光台中学校は大学進学率が創立以来、中等部は地域内でも難関校への進学率が上位3位を下回ったことがない。そして、高等部は国立大学への学生進学率も高い事から人気の中学校なのだ。


しかし、全員を合格させることは出来ない。なぜなら、この学校は前年受験者の人数に応じた学校推薦枠の配分が行われているが、前年度は受験者が10人だったため、これまでの配分数の事例からすると最大5人の枠が与えられることになる。しかし、最大5人というのは受験した10人全員が合格したことが条件で、昨年は受験した児童のうち3人は不合格になってしまったため、最大で3人から4人程度しか枠をもらえない可能性があるのだ。


 現時点で推薦できる児童は10人程度だが、仮に枠が減らされてしまうと枠の奪い合いになってしまうのだ。そして、学校にはいくつもの派閥が入学時から存在しているため、枠が減ってしまうと受験予定の児童の親たちが乗り込んでくるのではないかと気が気ではなかった。


 そして、シャインスター学園高校付属光台中学校から枠確定のお知らせが来た。そのお知らせの書類が入った封筒を開けるとそこには“3枠”という結果が書かれた紙が入っていた。つまり、推薦で入学できる児童は3人しかいないということになる。これは先生たちにとっては強いプレッシャーを感じざるを得ない状態だった。なぜなら、推薦リストの1番から3番の子たちは優先的に進学することが出来るが、それ以下の子たちは一般入試で入学するしか方法がなく、仮に不合格になった場合には公立である市立中学校に一旦進学をしなくてはいけない。そして、中学卒業時に再度高校を受験することで入学することは出来るが、中学から高校に進学する場合には希望者全員が自動的に進学出来るため、今回入学する100名の中に入れないと高校の定員が200名程度のため、全員が進学希望した場合、一般枠がかなり減ってしまう。そのうえ、高校は中学校を不合格になった子たちと高校から進学を希望する子たちがいるため、毎年志願倍率が5倍以上になっていた。


 そのため、5年生になると3者面談などでも“絶対に光台中学校に子供を入れて安定した学校生活を送らせたい”という親御さんたちが増えてくるのだ。もちろん、私立校であるため、経済面や社会的信用などがきちんと保証されていなくてはいけないが、この学校に通っている子供たちの中にはひとり親や父親の単身赴任で家には母親しかいないなど家庭の事情により両親がそろっていることは少ない。しかも、この学校は東側に少し行くと工業地帯、西側にはオフィス街がそれぞれあり、そこに勤務している親を持つ子供も多く通っている。


 つまり、世帯所得に大きな差があり、たくさんの所得を得られている人とそうではない人がいる。そのため、これまでも光台中学校に進学する学生の中にも奨学金をもらいながら進学させたいという親御さんもいたため、両親の価値観や派閥構成がかなり複雑なのだ。


 光台中学校はこれまでも家庭の事情を考慮して入学許可を出してきたことで経済格差に基づく差別などが起こりにくいように運営してきたが、受験者の受験競争の過激化が近年顕著になり、不合格になった子供の親が学校に乗り込んでくること、運営している学校法人に抗議の電話が掛かってくるなどこれまでは多くなかった事例が年々増加していっている。


 そのため、各学校もこのようなモンスターペアレントに苦慮している現実がある。この背景に高校の“卒業生進学先”、中学校の“卒業生進学先”が一般公立校に比べると将来的に有益性の高いイメージを持たれやすいという学校の1つに列挙されており、親としては“この学校に入ると将来が明るくなるのではないか”という学校に対する期待感が強くなっていく。そして、上位校に上げられている学校は近隣地域にもあるが、通学距離の制限によりこの小学校の子供たちは進学をするためには条件がついてしまう。もちろん、近隣の小学校では受験のためにその対象学区にアパートやマンションを購入して母親が移り住むという家庭もあるほど受験というのはかなり経済力が求められるイベントなのかもしれない。そう思っていた。


 しかし、担任の加藤先生は受験予定の家庭に対して「お子さんの意思で受験するのならいいですが、ご両親の意思で受験させるのは違いますし、良い学校に行くためには公立校であっても同じような道を歩めますよ」と話していた。この発言の裏には近年の公立中学校における進学率の低下が顕著になり、クラス編成がかなり難しくなっているというのだ。確かに、通学予定の中学校の学区内にある小学校全体でみても5校で250人いるのだが、このうち半数は私立中学校に進学する子供たちで、菜花が通っている小学校は学区選択制が10年前から試験導入、5年前から施行されており、他学区の中学校で人気のある学校に進学希望する子供たちも少なくない。そのため、3年後には中学校の統合なども検討されるほど状況が深刻だったのだ。


 彼女はどうしてもこの学校に行きたい理由があった。それは、彼女の夢に“将来は大きな会社で働いてみたいし、出来るなら自分の手でいろいろな物を作るサポートをしたい”というものだった。


 この夢を叶えるためには良い学校を出て、相手に信用を得たいと思ったのだろう。両親も彼女のやりたいことを応援したいと思っていた。しかし、彼女の場合は進学する事は可能だが、現在の成績では当落線上にいるようだと知り肩を落としていた。


 先生としても進学させてあげたいという気持ちはあった。そして、彼女が今までいろいろな壁を乗り越えてきたことも知っているため、光台中学校に進学出来るように全力サポートしていきたいという気持ちは彼女に伝えていた。


 先生との面談が終わり、彼女は両親に先生と話したことを1つずつ丁寧に話していた。そして、彼女が通っている塾も受験に向けた授業が並行で進み始めて本格的に受験が始まるということを肌で感じ始めていた。


 そして、兄弟たちも新たな岐路に立たされていた。それは、それぞれ大学生と高校生になり、高校生の兄も受験生として1年間を過ごす年だからだ。さいわい、受験は被らないが、2年連続で受験があると知って母親は変な緊張感に襲われていた。



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