第5話:楽しい学校生活?

彼女が入学してから3年が経ち、少しずつ周囲とも打ち解けていた。しかし、相変わらず菜花は笑顔を作ることが苦手で、小さいときから笑顔を両親であっても見たことがなかった。そのため、小学校という周囲に知っている人が少ない環境で毎日楽しく過ごすということは彼女にとっては地獄のような毎日だった。


 そして、彼女はみんなが笑っている姿を見ると不思議な気持ちになるのだ。実は彼女が笑えなくなった理由が入学当時に男子生徒から絵や作品にいたずらをされて図工の時間の度に泣かされていたことがきっかけで、その後も自分の給食だけが配られないなど先生のフォローを受けながら過ごしてきたこともあり、同級生が信用できなくなっていた。幸い彼女は不登校にはならず、学校には行っていたが、どこか彼女の中に“不信感”が芽生えていた。その話を聞いた両親は不信感が彼女の中に大きくなって根付いてしまうのではないかと心配が強くなっていった。


このような状態になったのが、まだ小学1年生だったこともあるが、この頃はまだ周囲の子供たちが学校に慣れていないことでいろいろな人と仲良くなりたいと思っていることで、ちょっとでも仲良くなりたいと思った子に対してちょっかいを出しているのだろうと両親その頃思っていた。


 しかし、小学校1年生の後半になると少しずつ異変が現れてきた。それは、彼女が運動会などに参加したくないという話をしてきたのだ。その時、両親は“菜花がわがままを言っている”というたまに見せるイライラが募っているのかと思ったのだ。そのため、みんなが集まったときに「運動会楽しみだね!」というとあまり触れないで欲しいというオーラを出しながら逃げていくのだった。この時初めて両親は“何かあるのかな・・?”と疑問に思っていた。そのため、彼女の担任の先生に手紙を書き、彼女の学校での生活を聞くことにした。すると、彼女が周囲の子供たちと打ち解けられていない事がわかり、運動会の練習も毎回参加はする物の前向きな意欲は感じられなかったのだという。


 そこで、両親は先生たちと手紙でやりとりをして、彼女が運動会に出られるようフォローして欲しいとお願いをした。すると、先生たちも彼女が参加できるように全力を尽くしてもらえることになった。ただ、彼女は学校生活を送ることに対して次第に恐怖心を抱いてきていることもあり、なかなか前向きに捉えることは難しかった。そして、彼女も体育の時間などで運動会の練習をするときも順位が最下位になってしまい、負けず嫌いな彼女は次に走るときにはやる気がほとんどなくなってしまっていた。


 そして、彼女はいつも感情を表に出すことはないため、今の彼女がどう思っているかを先生たちが見ただけでは本心までは分かりにくいのだ。そのため、彼女の異変にはなかなか気付くことが出来ない。そして、彼女が周囲に何かを打ち明けることもないため、今の状態がどのようになっているのかが分からない。先生たちは彼女のことについてやきもきしていたのも彼女が何をされても話してこないからだろう。


 その後も彼女が困ったと思っても相談してくることもなく、淡々と過ごしていた。そして、運動会当日は何とか参加したもののテントの外で先生と一緒に過ごすことが精一杯でチームで出場する競技も彼女に見える形では順位を付けないということを先生間で事前に打ち合わせをして決定し、実際に運動会のリハーサルでも担当の先生と確認し、彼女が走る回だけは順番の書いてある看板は使わず、彼女がゴールしても順位を付けないということになった。


 この配慮が彼女にやる気を与え、先生たちの気持ちが響いたのか、彼女が出場する予定の種目にも全て出場し、運動会を何とか楽しむことが出来ていた。


 しかし、運動会が終わってから再び悲劇が襲った。それは“菜花ひいきを先生たちが主導した”という同学年の保護者からのクレームだった。先生たちはこのようなクレームが来ることを想定して実行していたため、そこまで想定外の事態にはならなかったが、この行為をひいきしていたという認識を持っている保護者が多いことにはびっくりした。後日、学年全体で集会を行い、このような対応をとった経緯を説明することにした。そこで担任の先生は“決して彼女をひいきしたわけではなく、表向きにはきちんと順位は付けていますが、彼女は順番を付けられることを嫌って運動会に参加をしたくないという話になったため、やむを得ずこのような対応をとった。”と話し、理解を得ようとした。しかし、この学校は以前から教育熱心な家庭が多く、社会には順位があるということを学校できちんと示すべきだという考えが保護者間の考えの主軸にあった。そのため、これまでも運動会では順位を付けてきちんと表彰する事が大切だという認識だった。しかし、毎年運動会に参加して“順位”を付けることに対して異議を唱えるような保護者も増えてきたが、そのような声に関しては力のある保護者に発言した保護者が力負けしてしまうのだ。


 実はこの学校は附属小学校に受からなかった子供たちも多く、全体的に成績などは高かった。そのため、子供たちは常に競争することが正しいと思っているのだ。そして、保護者間の派閥もいくつもあり、楽しい学校生活を送るためにはその派閥に背かないように、怒らせないように過ごすことが必要だった。


 しかし、彼女の周囲には些細なことでトラブルになり、一触即発状態になっている子供たちも少なくない。そのため、両親からもトラブルだけは気をつけるように言われていたが、やはり学校という集団生活が主となる環境にいるため、お互いを理解していないと些細なことでトラブルになってしまうのだ。


 彼女はこれまで大きな問題は起こしていなかったが、彼女の友人たちが問題を起こしたこともあるため、彼女に飛び火するのではないかと周囲からも心配されていた。


 そして、彼女は大きな問題を起こさずに2年生に進級したが、そこでもクラス編成で派閥のいがみ合いが始まってしまった。なぜなら、彼女と同じクラスにいる小宮夏希の親が今年度の学年全体の委員長だが、別のクラスにいる月宮彩月と仲が良かったため、同じクラスにするように要望したが、その願いは奇しくも叶わなかった。


 そのため、彼女のクラスにいるのはまた違う派閥の子供たちで、彼女にとっては敵のように感じる部分も多かった。なぜなら、派閥が違うと距離感が違い、接し方を間違えると親同士のトラブルにも繋がってしまう。そんな環境に小学2年生になったばかりの夏希が置かれているのだ。

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