2ートゥーの窓
ルゥは、今日の獲物である兎を捌き終え、冷たくかじかんだ手を篝火にかざす。
この火は、特別なもの。
火を好まない森が、ルゥが生きるために燃え移らない水晶の洞でのみ火を焚くことを許てくれた。
蒼い大きな目を、ルゥは一心に天井に向けている。
水晶の洞は、小さなルゥにとって安心して眠れる場所だ。
ひんやりとして見える半透明の壁と床は、触れてみるとさほど冷たくなく、通常の鉱物にはない不思議な鼓動で、自分の内側にいる小さな子供を包み込む。
そんな水晶が、戯れで見せてくれる絵。
緑色に揺らめく炎を、少しずつ角度の違う面で写し込む。すると、水晶の中にも炎が現れる。ただし、水色の炎だ。
それは、とても安心する揺らめき。
地で燃え盛る緑の炎は子供が触れても決してやけどさせることはなく、命を捧げた獲物に豊かな味わいを付与し、天に揺蕩う水色の炎は親しみを込めて家主であるルゥを楽しませてくれる。
けれど、今までたった一人の影しか映し込まなかった洞の壁には、初めて二つ目の影がいる。
カラス。
獣のような頭と、ルゥとよく似た、しかしすらりと長く膨らみを持った体を持つ者。森の賢者。言葉を識る者。森の静寂を破る者。
フードを深くかぶり、嘴のみを突き出している。
カラスは、無心に天井を見つめるルゥを楽しそうに眺めていた。
愉悦という言葉が、今のカラスの周囲を漂っている。
水晶の洞は、この闖入者があまり好ましくはない。
洞が愛するのは静寂と、ルゥだ。
この子が静寂の中にいれば守られることを、洞は知っている。
しかし、静寂を破る力を持つカラスが内側にいるというのは、思わず水晶の内側にある小さな粒たちを擦り合わせてしまいたい情動を齎す。
それすなわち、不安という感情。
しかし、本来鉱物は感情を持たない。
なのに、ルゥを守る水晶の洞はそれを持ってしまっている。これを知られることは、たとえ森の賢者であろうと悟らせてはならない。
ゆえに、水晶の洞は今日もまた、ただ静寂の中でルゥを楽しませる。
カラスは、それを見ている。心底、楽しそうに、心底、面白そうに。
心底……安心したように。
カラスは、おもむろに天井を見上げて、水晶の洞が思わず震えたくなるほど大きな「言葉」を告げた。静寂を破った。
「楽しそうだ」
――2(トゥ)の窓は閉ざされた――
言葉少ない世界の淵で 千羽はる @capella92
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