スミロドン
体育祭、文化祭、修学旅行。
メインの学校イベントにおいて、なぜか君は目立たなかった。その理由を知っているのは、私だけだ。
君は常に普通から僅かに飛び出している異端児。
非日常が生じたときに君は、非日常に最適の高さで埋没してしまう。
反対に、平凡を極めきった人たちこそが、非日常においては差異として際立つ。ポコンとへこみが生じる、あるいは出っ張りが生じる感じ。
非日常を潮位の上昇ととらえるか下降ととらえるかによって、それは異なるのだと思う。
ただ、それだけの話。
中学二年の校外学習。
博物館という非日常。そこで君はひとりポツンと、スミロドンの全身骨格に夢中になっていた。
太古に絶滅したサーベルタイガーの一種で、体高は二メートル近く、その犬歯は二十四センチにも及ぶ。
私はその説明文を読んでから、君の横顔を盗み見た。
例えば仮に、私と君とが百万年前に出会っていたら。
スミロドンを狩るでもなく、狩られるでもなく、きっと君は今しているのと同じように、じっと観察したのだと思う。そして私も同じように、君をじっと観察したのだと思う。
「唇、嚙んだりしないのかな」
中村が言った。
彼は少し悔しそうに、唇を噛んでいた。
嫉妬だろうか。スミロドンの強さが中村には羨ましいのかもしれない。なんて、そんな訳ないか。
「逆にしないんじゃない。あれだけ牙が大きいんだし」
斎藤は興味なさげに言った。興味なさげに言いながらも、中村を気遣うようにも見えた。
斎藤にだけ見える中村の気持ち。私には見えない中村の気持ちを、斎藤は見ようとしているから、見える。
やっぱり、斎藤は斎藤だ。
校外学習なのに、私たちの間だけでは日常が継続されている。そう感じられるのは、自分のペースを崩さない人がいるから。
「後脚、なんかちょっと短いね」
大きく、重たそうな前脚と比べると、スミロドンの後脚はなんともみすぼらしかった。
その私の言葉に、君がぴくんと反応したことを、よく覚えている。
後から知った。
スミロドンの前脚が後脚より発達しているのは、彼らが捕食者だったからだ。
現在の猫科の豹やライオン、チーターのように速く走ることはできなかったスミロドンにとって、マンモスなどの足の遅い、大型の草食動物が捕食対象だった。
強力な前脚と長い牙で、大型の草食動物すらも仕留めることのできる、ある種、最強の獣だった。
だけど、次第に地球の寒冷化が進むにつれて、スミロドンが捕食対象としてきた大型の草食動物が減少した。スミロドンは足が遅く、小型の草食動物を捕らえられなかった。
獰猛な肉食獣も、気まぐれな地球の歴史の前では虫けら同然。捕食対象を失った彼らは、地球の運命にあっさりと捻り潰されてしまった。
スミロドンの最大の特徴であり長所でもある非凡な牙と前脚が、結果として彼らを絶滅せしめた。
それを知って私は、なんとなくまた君のことを思った。
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