第2話 ダンス
20時にやっと仕事が終わった。帰りの電車の中で座席に腰掛けるとカバンからイヤホンを取り出し、車内アナウンスが聴きとれるように左耳にだけつけた。iTunesで最近ダウンロードしたDADA RATの新曲を聴く。シンセメインのインストだけど子供の声をサンプリングしていて、エレクトロニックサウンドとはいえあたたかみを感じる。そのメロディに酔いしれて、さすがDADAだなと頷く。感じるままに身体を揺らしたい気分になる。
『次は〜、七本松、七本松。』
車内アナウンスが終わり電車が降車駅に停車すると、私は右耳にもイヤホンをつけてDADA RATの世界に入り込んだ。
その時の私は無敵だった。街灯の少ないアパートまでの帰り道、リズムに合わせて歩みを進める。
タンタンタン、タタタンタン。
空を見上げると真っ黒な夜空に三日月が寂しそうに浮かんでいる。
その光の方に手を伸ばしてステップする。
タタタタン、タン、タタン。
身体が音に包まれて、宇宙を浮遊しているみたいだ。どんどん、どんどん、気持ちよくなった。
アパートに着くと、狭い部屋に置かれたベッド横の姿見の前に立つ。今日1日、”私”を演じきった私を見つめる。DADA RATの新曲をリピートして、頭を揺らしながらステップする。そしてくるくる回ってもう一度鏡をみる。私の後ろには莉沙が立っていた。笑ってる。
「あんたらしいね。おかえり。」
「…ただいま。」
莉沙は私を押しのけて値札がついたままの真新しいオレンジ色のコートを羽織った。全開のクローゼットの中は莉沙の服がぎゅうぎゅうに詰まっていた。これだけあってもまだ足りないようだ。
「これ今シーズンの流行色らしいの。」
莉沙は自慢げに言う。
莉沙は私が頭の中でつくりあげたイマジナリーフレンドみたいなものだ。私の分身のようで違う。顔は私と瓜二つなのに、私と違って自由で大胆で快活。
その姿が羨ましくもあり妬ましくもあった。夕飯に作ったミートスパゲティをつまみ食いする莉沙を見ながら、彼女の人生を奪えたらと思った。私が莉沙になれたら。開けっ放しにされたクローゼットの服の数を数えようとしてやめた。そうだ、新しいスニーカーを買おう。そう思い立ってネットでスニーカーを物色する。3時間ほど悩みに悩んで好みのものを注文した。白のスニーカー。スポーツブランドの少し高めの物だったけど。いいの。たまにはご褒美くらい。
浴室でシャワーを浴びながら気分は上がっていた。頭の中でDADA RATのあの曲が流れていて、私は頭を揺らす。浴槽の中で足をリズムに合わせてばたつかせる。
莉沙に踊ってる私をあんたらしいと言われた。そうかもしれない。きっと、これが本当の私なんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます