私。

夜野るこ

第1話 月曜日

卵焼きを失敗した。節約のために作る地味なお弁当。空腹をしのげればそれでよかった。でも唯一得意だと思っていた卵焼きの出来の悪さは月曜の朝から気を重くさせる。少し焦げた黄色の塊がなんとなく不吉に思えて、弁当箱に嫌な予感を閉じ込めるように、きつく蓋を閉めた。


開院前。トイレ掃除から始まる。ゴム手袋を着け、掃除シートで便座の表の次に裏を丁寧に拭く。このシート1枚を無駄にしないように、慎重に折りたたんでは綺麗な面で今度は床を拭く。掃除1回につき1枚と、ドケチな院長夫人が決めたルールに従うのみである。いくら拭いても取れない茶色いシミ。私が医療事務としてこの花田耳鼻咽喉科医院に入勤する前からあっただろうシミ。床を拭く手に力が入る。先週はこのシミを見た院長夫人に掃除すらろくに出来ないの?と患者の前で声高に罵られた。イビリはいつものことだった。ひたすら頭を下げて反省に徹する。それが今のところ私の”主な”仕事だ。私の左胸にピンでつけられた名札の【長谷川はせがわ 莉菜りな】の文字をまじまじと見つめる。これから一週間、また耐える日々が続く。まるで私じゃないみたいだ。漏れるため息とともに掃除シートをトイレに流した。


時計の針が8時を示す。予約患者が次々に来院する。受付で保険証の確認。笑顔で対応するつもりでも、口角は一ミリも上がらない。マスクが義務付けられていることに安堵しながらその場をやり過ごす。患者のカルテを探しながら、この仕事に対する自分の熱意の無さ、不向きを再確認する。


お昼休み。六畳の休憩室で、一つのテーブルを囲んで先輩達と食事しなければならないのも苦痛に思うものの一つだった。私は失敗した卵焼きや夕飯の残りのおかずを見られないように、弁当の中身を蓋で隠しながら食事する。それが逆に先輩の気を引いてしまった。

「長谷川さん、おかずなんなの?見せてよ〜!」

一番歳の近い先輩が少し笑いながら私に声をかける。

「いや、大したものじゃないので。」

「・・・そう。」

それから会話が続かない。気まずい空気になって、先輩も私も部屋の片隅にあるテレビに目を向けるしかなかった。ワイドショーで芸能人の不倫騒動がとりあげられていた。莉沙りさが好きそうな話だと思った。


ぼーっと考える。

私ってなんなんだろう。

時が経てば分かるもんなのか。

腕時計の針の進みは遅くて、手でぐるぐる早回ししたい気分だった。






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