第2話 血石と吸血鬼

「賢者の石はその身にありとあらゆる魔術回路を宿しておるんじゃよ。少なくとも千年前の宝石魔術士が持っていたのはそうじゃった」


 ライラはクルクルと回りながら、歌う様にそう語った。

 この時点で俺の考えと一致していることが分かり、心の中でガッツポーズを取る。

 やはり俺の考えは間違えてなかった。『賢者の石』とは、いわば万能の魔宝石だったんだ。


「あらゆる魔術を躱し、透かし、封じ、邪魔をしても防ぎきれない圧倒的な力じゃったよ。主様は賢者の石を使って世界でも滅ぼすのかえ?」


「いや、そんなくだらないことはしない。ただ……俺は間違ってなかったと知りたいだけだ」


 俺が人生をかけて追い求めている賢者の石。

 それを使って何かをするつもりなんてない。

 ただ、それを作れればそれでいいんだ。俺はそれだけで満足できる。


「くふふ……千年前の魔術士もそう言っておった。賢者の石を追い求めるものは全員そうなのかのう」


 まるで楽しい思い出を思い返すような顔でライラはそう語る。

 彼女の過去に何があったのか聞きたいが、今はそれよりももっと賢者の石の情報が欲しい。

 俺は黙って聞くことにした。


「賢者の石はの、特殊な石を使っておるのじゃよ」


 そこまで行って、ライラは俺に微笑みかけるとシーツに包まった。


「おっ……おい。それは何の石なんだ!?」


「わっちは寒いでありんす」


 虚を付かれ、脱力してしまう。

「ふふふ」と、笑いがこみ上げてきて最後には大きな声で笑ってしまった。

 そうか、そうだよな。いつまでも裸のままにしておくわけにはいかないよな。


「少し待ってろ」


 俺はシーツに包まっているライラに一言言うと、外に出かけた。

 ライラはシーツから手だけを出してひらひらと見送ってくれた。


 外は昼前で丁度店が開き始める時間らしい。

 何着か女性服を買わなきゃな。




「ん。どうじゃ? 似合うかや」


 何着か服を狩ってくると、ライラは楽しそうに一つ一つ着ながら俺に語り掛けた。

 得意げに両手を広げて笑うライラは、吸血鬼だとは到底思えない。

 年相応の人間の……可愛らしい少女に見える。


「ああ、似合ってるよ」


「くふふ、そうか。ローブを買ってくるところもなかなか気が利いてるぞ」


 ライラは黒いドレスを着ると、その上に茶色いローブを被った。

 吸血鬼だと聞いたから日光が苦手なんじゃないかとローブを買ってきておいたがあっていたようで良かった。


「それで賢者の石の件だが……」


 そこまで言ったところでライラは俺の口にピンと立てた人差し指を当て、妖艶に笑った。


「これ以上はまだ駄目じゃよ。まずはわっちのお願いを聞いておくれ?」


「あっ……ああ、そうだな。残り99個の血石を集めるんだっけ? でもそれはどこに……」


「西じゃよ……む。この感覚はモンスターが持っておるな。すぐ近くじゃ」


 笑いながら呟くライラ。

 媚びるわけでもない、純粋に楽しんでいるかのような笑顔だった。

 少しため息を付いて俺は宿屋の部屋にあった周辺の地図を指さした。


「この辺から西って言うと、アマン平原だな」


 街を出て30分程歩いた位置にある平原を指さすと、ライラは「うむ。その辺りかもしれん」と、頷いた。


「しかし、この辺りのモンスターってなると、相当数がいるぞ?」


「大丈夫じゃ。近くに行けば分かる。さあ、主様早く行こう」


「でも、お前吸血鬼だろ? 今は昼間だし、日光とか……大丈夫なのか?」


 ライラの紅い瞳を見ながらそう言うと、ライラは目を細めて笑った。


「わっちを心配してくれるのかえ?」


 ニカっと笑った薄い唇からは、人よりも長い犬歯が見えた。

 正解の言葉を待っているのが分かる。

「賢者の石の情報を聞き出したいからな」と、言おうと思ったのを思い直す。


「ああ、心配してるさ」


 少し屈んでライラが着ているローブのフードを目深に被せた。

 ライラは嬉しそうにそれに従う。

 そして、少しだけフードを上げて俺に言った。


「でも、大丈夫じゃよ。わっちは吸血鬼と行っても真祖でありんす。日光など弱点の内にも入らぬよ」




 アマン平原──低級モンスターが出現する初心者冒険者たちの狩場だ。


 勿論そこにはいつでも誰かしら冒険者がいて、魔術協会が安価で売っている魔宝石を使っている剣士や、最近はめっきりパーティに呼ばれなくなった魔術師たちが小遣い稼ぎにゴブリンを単独で狩ったりしている。


 まあ、こんなところで小遣いを稼ぐような魔術師なんて魔宝石に魔術回路を書き込めもしない本当に低級の魔術師たちなんだけどな。


 そういう奴らは、ほぼ全員と言っていい程俺に逆恨みしている奴らが多い。

 魔宝石が流通しだしてからパーティに入れなくなって収入が減ったんだと嫌味を言ってくるんだ。

 そんな事をするくらいだったらその時間を使って魔術回路を書き込む勉強をすればいいのにな。


「おやおや! 天才錬金術師のアインスさんじゃないですか! 協会を追放になったから小遣い稼ぎにゴブリン狩りですか?」


 ライラと共にアマン平原に行くと、早速名前も知らない魔術師に絡まれた。

 顔を見る限りまだ若い。きっと魔導学園を卒業したてなんだろう。

 ここでゴブリンを狩っていると言うことは、学園で魔術回路の専攻をしていなかったか、卒業しても勉強をしてこなかったんだろうな。


(魔術協会に就職することも出来ずに冒険者としての道を選んだタイプか)


 面と向かって嫌味を言ってくる魔術師の服装を見ながら思案する。

 魔術師協会に所属しているならば、必ず服のどこかに三匹の蛇をかたどった紋章を付けているはずだ。


「ああ、そうだ。金が無いからな。お前みたいにゴブリンでも狩らないといけないんだよ」


 面倒臭いから、少し嫌味交じりに言い返す。

 お前みたいな名前も知らない魔術師と関わっている場合じゃないんだよ。

 俺は今、賢者の石の手がかりをつかんでいるんだ。


「ははは! やっぱりそうだったんですね!」


 しかし、俺が言い返してしまったのは逆効果のようだった。

 魔術師は弱点を見つけたとばかりに、ぱあっと顔を明るくする。

 嫌味も通じない奴だったようだ。


「賢者の石の研究なんてして追放されたんですよね! ははは! そんなものあるわけないのに! 天才と馬鹿は紙一重って言うけどアインスさんは馬鹿寄りのようだったですね!」


 眉がピクリと動いたのが分かる。

 無意識の内に右手の指輪を触っており、その中央の宝石に魔力を込めようとしていた。

 なんで俺の夢をこんな奴に馬鹿にされなくちゃいけないんだ?

 実現不可能な事を理論で分かっている同じ研究者ならまだしも、賢者の石を名前だけしか知らないような奴に。


「賢者の石はありんす」


 しかし、俺より先にライラの口が動いた。

 ライラは目深に被っているフードを少しだけ上げて、魔術師を見た。


「おっ……おお? 女?」


 魔術師は言い返されたことよりも、その微かに見えた美しさに言い淀んでしまったのだろう。

 急に挙動不審になりながら、顔を赤らめ始める。


「俺の仲間だ」


 ライラが上げたフードを少し下げながらそう言う。

 勘の良い奴ならばライラが魔の物と言うことが分かってしまうかもしれないからな。

 ライラは、そっと俺にすり寄り、小さく頷いた。


「……へえ、女とゴブリン狩りですか」


 魔術師はあからさまに悔しそうな表情を見せると、ライラの方に顔を向けた。


「追放された魔術師と組んでも良い事なんてないですよ。どうですか? 僕とパーティを組みませんか?」


 図々しく、嫌味な奴だと思った。

 魔術師がフードに手を伸ばそうとしたところで、ライラはその手を軽く払い口を開いた。


「わっちは弱いくせに偉そうな男は好かんでありんす」


 そう言ってライラがフードの下で小さく笑うと、魔術師はそんなライラの言葉に呑まれたように、硬直した。

 払われた手を見ながら呆然としている姿を見て、俺は笑ってしまう。


「……僕も生意気な女は嫌いだ!」


 魔術師が激昂しながら再びライラのフードを引き上げようとする。

 同時に俺とライラが動く。

 俺は魔術師の手を掴み、ライラは魔術師の頬にビンタを叩きこんでいた。


「俺も生意気な男は嫌いだぜ」


「何度も言うがわっちは弱い男は好かん」


「くっ……」


 完全に振られ、頬を抑えながら呆然とする魔術師。

 その場で、立ちすくむ魔術師から立ち去りながら俺はライラに話しかけた。


「さて、血石を探しに行くか」


「くく、そうじゃな。強い強い主様」


 コロコロと笑いながらライラは俺の手を握った。




 魔術師に絡まれてから10分後。


 俺とライラは平原を歩き回り、遂に血石を保持しているモンスターを見つけた。

 ここら辺にはゴブリンが多いので予想はしていたが、やはりその予想は当たってようでライラが指をさしたのは一匹のゴブリンだった。


「アイツじゃな。奴が腹の中に飲み込んでおるわい」


「ホブゴブリンか」


 しかし、ゴブリンと行っても上位種のホブゴブリン。

 ここら辺ならボスモンスターと言われてもおかしくないモンスターだ。


「今のわっちじゃ勝てん。頼むぞ主様」


「任せとけ」


 俺は右手人差し指に嵌めてある指輪に触れた。

 その中央には深紅の輝きを持つ宝石──紅燐晶石(こうりんしょうせき)。


緻密な結晶構造が層を成し、その一つ一つに魔術回路が書き込まれてある。

 何年もかけて作った俺だけの護身用の魔宝石だ。


 俺は魔宝石全体に魔力を込め、内部に書き込んである魔術回路を開放する。

乾いたスポンジに水が染み入っていくように、流した魔力が魔宝石の中に浸透していく。


(──限定結晶開放──)


 心の中で呟いた言葉に反応して、紅燐晶石(こうりんしょうせき)が淡く輝き、右手の上に拳大の炎の球が浮かび上がる。


「──焼き焦がせ──狐火焔(きつねびほむら)──」


 次の瞬間、浮かび上がった炎の球は高速でホブゴブリンに発射される。

 紅燐晶石に書き込んだ7つの炎系の魔術の中でも最弱の技だが、ホブゴブリン程度だったらこの程度で十分、いや十分すぎるだろう。


『ギ……』


 一瞬にして焼き焦がされたホブゴブリンは、断末魔を最後まで上げる事も出来ずに黒焦げになった。

 そしてその元にはコトリと一つの血石が落ちる。

 特に達成感もない作業の様な戦いだった。


「流石主様じゃ。儂の封印を解くだけあるのう」


 ライラはクツクツと笑いながら落ちた血石を拾い、そう言った。

 吸血鬼の真祖様に褒められるなんて光栄なことだ。


「それでその血石をどうするんだ?」


「飲み込むんじゃよ。蛇みたいにの」


 ライラは血石を口の中に入れると、そのままゴクリと飲み込んだ。

 そしてニヤリと笑って俺に振り向くと口を開いた。


「では、少しだけ教えようかのう。賢者の石に適応する石の存在を」

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